ミリON★オーダー(番外編7-2)
<つばきの恋②>
勝手知ったるマンション内。
様々な簡易施設のあるフロアを抜け、居住フロアに差し掛かる途中にある音楽ルームから微かにピアノの音が漏れていた。
(誰か弾いている)
なんとなく部屋の前まで行って耳を澄ましてみる。
ピアノが置かれている其の部屋は映画を観たり音楽を聴いたりするオーディオルームとは違って完全防音されていない部屋だった。
漏れて聞えてくる音を部屋のドアで聞いていると微かな人の話し声も聞えて来た。
(──あっ)
どちらも聞き覚えのある親しい者の声。
『ちょ…那由太、何処触っているのよ…ちゃんと真面目に弾いて』
『弾いてるよぉー連弾しようって云ったの僕だからね』
『其のわりには──あっ…んっ…ちょっとぉ』
『ふふっ…やっぱり僕、あやめちゃんのピアノよりもあやめちゃん自身のいい声が聞きたいなぁ』
『こ、こんな処で…あっ、ダメ…』
『此処じゃなけりゃいいんだ』
『……馬鹿』
気がついたら私はマンション内を飛び出していた。
頭が真っ白になって全速力で駆け出して、着いた先はマンション敷地内の庭園だった。
「はぁはぁ…んっ…はぁはぁ…」
全速力で走ったために酸欠状態だった。
庭園奥にある洗い場の水道で勢いよく水を飲んだ。
「んっ、んっ…」
際限なく水を飲んでそして崩れるように其の場に座り込んだ。
「……」
暫く呆然として何も考えられなかった。
だけど時間が経つと頭に浮かんで来るのは先ほどの那由太と姉の甘い語らいだった。
二年前に結婚したふたりの仲がいいのは周知の事実だった。
私はちゃんとふたりの結婚式の時には心から祝福した──はずだったのに…
「…うっ…うっぅ」
諦めたはずだった。
祝福していたはずだった。
なのにいざああいう場面に出くわすと未だに私の心の中は大きくかき乱されるのだった。
「どうしたの?」
「!」
いきなり背後から声を掛けられ驚く。
「あっ──あ、あなたは…」
「な、なんでもないです」
私は慌てて立ち上がろうとしたが、先ほどの全速力が祟ってか足に力が入らずに其のまま前のめりに倒れた。
「あ、危ない!」
「きゃっ」
地面が目の前に迫った──と思い、私はギュッと目を瞑った。
──だけど待っていた衝撃はなく、代わりにふわっと何故か花の香りがした
恐る恐る目を開くと
「ふぅ、危なかった…大丈夫かい?」
「…あ」
どうやらこの男の人が抱かかえてくれたようだった。
「あ…ありがとうござ──」
助けてもらったお礼を云おうとした時、体の異変に気がついた。
「あ」
「──あっ」
私の胸は其の男の人の掌で力強く握られていた。
「あっ…あぁぁぁぁー!ご、ごめ…いや、すみませんっ!」
「…」
どうやら咄嗟に助けてくれた拍子に掴んだのが私の胸だったようで、わざとではない行為だった。
「本当にすみません!俺、決してわざとじゃ──」
「…」
初めて胸を揉まれた感触が私の中で何か得体の知れない感情を湧かせた。
(あのふたりはこれから…私の知らない行為に耽るのだ)
そう思った瞬間、私は慌てふためいている男の人に抱きついた。
「?!」
「──抱いてください」
「…………は」
「私を…抱いてください」
「! な、なななななな──」
「…抱いてくれないなら今すぐ大声で『痴漢だ』って叫びますよ」
「きょ、脅迫?!」
「はい…脅迫です」
「~~~」
どうしてこんな事を云ったのか解らない。
こんな見ず知らずの、どんな素性か解らない通りすがりの男の人に私は処女を捧げようとしている。
(…もう誰だって構わない…あの人じゃなきゃ誰だって同じだもん)
其れほどまでに私の心は傷つき壊れてしまっていたようだ。

