茜色の日々 5話



其の日私は実家にいた。

「茜、これも食べなさい」
「えっ」
「ホラ、茜が好きだった名月堂の豆大福もあるぞ」
「…」

目の前に出された食べ物の多さに眩暈を感じた。

「あのね、私お腹空いていないの。いつも思っていたけど私が帰る度にこんなに沢山のお菓子、出さないでくれる?」
「だって茜、また痩せたんじゃない?大丈夫?」
「…」
「群司くんは茜に満足に食べさせない生活を強いているんじゃないのか?もう一度お父さんから──」
「もう!いい加減にして、私は正真正銘健康です!群司さんのためにダイエット頑張って成功したっていうのにそんな風に云われたら哀しいよ!」
「「あ、茜ぇ~」」

(…本当、毎回毎回この発言を繰り返す身にもなってよ)

どうも私の両親は健康=ふくよかというイメージから抜け出せないでいるみたいで、痩せた=食事をしていない、病気という思考にしか辿り着かないみたいだ。

「兎に角、私は元気だし群司さんは私にすごく良くしてくれているの。群司さんを悪く云うならもう帰って来ないからね」
「わ、悪かった、茜!もうあれこれ云わないからいつでも帰って来ておくれよ~」
「…」

(其の云い方もどうかと思うけれど)

私は温かいお茶をすすりながらこの雰囲気の中でこれから話す事はちょっと気まずいかな、と思った。

「で、今日はどうしたの?電話で相談したい事があるって云っていたじゃない」
「あ、うん…」

家に行く前に電話で母にはそう云ってあった。

今日私が実家に帰って来た目的を果たさなくてはいけないと思い、口を開いた。

「あのね、お父さん。何か私に出来る仕事ってないかな」
「── へ」

(あぁ、とんでもなく変な顔しちゃった)

解っていた事とはいえ、此処で怯んではダメだと先手必勝宜しく自分の気持ちをはっきりと伝えようと思った。

「あの、誤解しないでね。経済的に困っているからとか群司さんが『働いてくれ』って云った訳じゃないのよ。ただ私が少しでも群司さんの助けになるような事がしたくて考えた事なの」
「…茜?」
「群司さん、とても働き者なの。忙しい毎日を送っているのに私に負担や心配をかけないようにしてくれるし、其の上でとても私に優しいの。だけどやっぱり私としてはたまには仕事を休んでゆっくりしてもらいたいし…私も群司さんと一緒に居る時間がもっと欲しいなって思って…」
「…」
「だから私も働いて少しでも生活にゆとりが持てたら群司さんも今の仕事のペースを落としてもう少しゆっくりした時間を過ごせるんじゃないかと思って…だから──」
「「あ、あ、茜ぇぇぇぇー」」
「!」

話し途中で両親は大泣きした。

「あ、茜が…あの茜がそんな事を云うようになっただなんて~~」
「…」
「働きたいって…働きたいってそんなっ…結婚して安穏と暮らせる立場にいるのに…なのに働きたいって…そんな…そんな立派な子になってぇぇぇ」
「…あの、そんなに大袈裟な事じゃないと思うんだけど…みんなちゃんと働いているし」
「普通の子ならそうだけど、茜みたいな温室育ちの子にはとんでもない事だよ!」
「…」

私は一体どれほど両親に迷惑をかけて来たのか。

(この状況になってやっと解った様な気がしました)


結婚するまで【労働】という単語は私の中にはなかった。

年老いた両親の脛を散々しゃぶってのうのうと生きて来た私は、この両親にも何か恩返し的な事をしたいと強く思ったのだった。



『茜に合う仕事を見つけたら連絡するから』と父から言葉をもらって私は実家を出た。

父は自分の会社の事務員にどうかと強く勧めたのだけれど、父の会社には既に優秀な事務員さんがいたし、私のために誰かが辞めさせられるという事はして欲しくなかった。

(其れにお父さんの会社だと色々甘やかされそう)

先の事を見据えて私はあえて父の好意を断った。

(だけど…実際私、ちゃんと働けるのかな)

当然ながら私は就職の経験が一度もない。

24にもなって働いた事がないだなんて社会人としては失格のような気がして少し焦りもあった。

(でも群司さんのためなら頑張れる!)

私はギュッと拳を握りしめ気合いを入れた。


其の時


「──茜、さん?」
「え」

後ろから声を掛けられた。

慌てて振り向くと其処には良く知った顔の人が立っていたのだった。

茜色

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