Dizzy Love 1話



私が諒(りょう)さんと初めて逢ったのは幼稚園の運動会だった。


「やぁ、君が翔(しょう)ご自慢の彼女ののんちゃんだね?」
「…かのじょ?」
「わっ!おやじ、へんなこというなよ!こんなやつ、か、かかかかのじょじゃねぇ、げぼくだ!」
「…げぼく?」
「こら、翔!女の子に向かって『下僕』なんて汚い言葉を使うんじゃない!」


グゥで頭を叩かれた翔ちゃんは「いってぇぇー!」と云いながら園庭を走り回って行った。


「ごめんね、のんちゃん。翔も悪気があって汚い言葉を使っているんじゃないと思うから赦してやってね」
「…はい」
「ところでのんちゃんのご両親は?運動会に来ていないの?」
「…あ、えーっと…」


子どもながら親の説明をするのは大変だな、と思っていたら


「じゃあ一緒にお弁当食べない?俺、早起きして沢山お弁当作って来たから」
「え…いいん…ですか?」
「いいに決まってるよ。食事は大人数で食べた方が愉しいし美味しいし、其れに女の子がいた方が食卓が華やかになるからね」
「……」


親の事を色々訊かないでくれた大人は翔ちゃんのお父さんが初めてだった。


この時食べさせてもらったお弁当は本当に美味しかった。


翔ちゃんは「たまごやきのコゲがきにいらない」とか「からあげのあじがうすい」とか色々文句を云っていたけれど。


「…」


私にとってはどれも美味しくて幸せなご馳走だった。




「じゃあね、のんちゃん、翔の事これからもよろしくお願いね」
「おやじうるさい!よろしくしているのはオレのほうだ!!」


「…さようなら」


こんなに運動会が終わるのが寂しいと思った事はなかった。


翔ちゃんのお父さんと別れるのがとても寂しいと、この時私は思った。


そして、同じ場所に帰れる翔ちゃんが堪らなく羨ましいと思ったのだった。





「…ただいまぁ」


古い木造アパートの一階の自宅に帰った。


「あぁ…典子、お帰り」
「おばあちゃん、ただいま。こしのぐあい、どう?」
「あぁ、朝より随分良くなったよ…其れより運動会、どうだった?お弁当もろくに作ってやれなくてすまなかったね」
「あのね、おともだちのしょうちゃんのおとうさんがいっしょにたべようっていってくれてね、たくさんたべたんだよ」
「あぁ…そうかい。よかったねぇ、親切な人がいてくれて」
「…うん…やさしいひとだった」



私は狭山 典子(さやま のりこ)


友だちの翔ちゃんが何故か私の事を『のん』って呼ぶから私の中ではすっかり『典子』というより『のん』と呼ばれる方がしっくり来ていた。


私には両親がいない。


結婚しないで私を産んだお母さんはお祖母ちゃんに私を押し付けたまま行方知らずだった。


お祖母ちゃんは高齢で最近は体の調子があまり良くなかった。


だけど、親がいなくてもお祖母ちゃんは優しいし、毎日ご飯は食べられるし寝る所もある。


だから私は不幸じゃないって思っていた。


「…」


今日出逢った翔ちゃんのお父さんを知るまでは…


本当に私は不幸なんかじゃないんだって思っていたのだ──

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