2018.01.31 (Wed)

Darling Sweeper 2話



ひょんな事から内野宮さんとふたりで飲みに行く事になってしまってドキドキしていた。


実は前々からちょっと気になっていた人だったから。


嬉しい気持ちと緊張した気持ち、色んな想いが私の中で渦巻いていた。


「居酒屋とか大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
「そう、よかった。いや、なんか俺の知ってる女の子ってフレンチとかイタリアンとかそういう小洒落た店に連れて行かないと煩い子ばっかりでさー」
「…はぁ」


其の内野宮さんの言葉にほんの少しだけ胸の奥深い所がチクッとした。


(内野宮さんって…やっぱりモテるんだろうな)


見た目からもそう思うのだけれど、本社社屋のクリーンスタッフなんてやっているという事は、相当デキる人だと思うし、しかも──


「あっ!」
「──っと、其処段差になっているから気をつけて」
「は、はいっ」


内野宮さんは段差を踏み外して転びそうになった私をふんわりと抱きかかえてくれた。


(優しい…)


なんだか全てが完璧過ぎて、これから話す事がちょっとキツいなぁ…と思ってしまった。



「何頼む?俺はとりあえず生中」
「あ、私も同じ物で」
「おっ、イケる口?」
「ま、まぁ…嗜むほどには」
「ふぅん」


なんだか笑われちゃったかなと思ったけれど、今此処で可愛い子ぶっても話を始めたらすぐにメッキが剥がれちゃうなと思ったから素に近い感じで行こうと思った。


「ほい、乾杯ー!」
「乾杯」


運ばれて来たグラスを合わせて飲み始める。


「はぁぁ-労働の後の一杯は美味い!」
「そうですね」
「ほれ、そっちのホッケ、食べてよ」
「はい、いただきます」


飲み食いしながら雰囲気が和んだ頃、私はぽつりぽつりと悩みを内野宮さんに話し始めた。


「私……家事全般…出来ないんです」
「へ?」
「小学生の時に母が亡くなってから頑張ってみてはいたんですけど、何故か家の中をめちゃくちゃにするだけで…其れを見かねたひとつ年下の弟がやった方が上手く行っちゃって、其れ以来弟にまかせっきりで…」
「……」
「面接に受かりたい一心でつい家事全般大丈夫!みたいな事を云っちゃったんですけど…其の…嘘…っていうか…虚偽…っていうか」
「──はぁ」
「元々事務職希望で、現場に立つ予定が私の中にはなかったのでそういう大見得切っちゃったんですけど…いざ入社したら新人研修なるものが存在していた事に驚愕して──」
「あのさ、社内案内パンフの年間行事みたいな処に研修の事、記載されていなかったっけ?」
「…読んでいませんでした」
「もしかして会社情報とかそういう処も読んでいない?経営理念とか会社概念とか…社長挨拶とか」
「…全く」
「へぇ、其れでよくあの会社受ける気になったね」
「昔、母が生きている時にお世話になっていたんですよ。ほら、レンタルモップっていうの?其れを持って来てくれていたスタッフさんがすっごくいい人で…こんな素敵な人が働いている会社なら素敵な所なんだろうなって…其れで…」
「…面接の時、其れ云えばよかったのに」
「云えませんよ、そんな子ども目線の動機!だって他の人、もっと凄い事云っていたんですよ?」
「ははっ、そっかー」
「…」


なんだろう…


内野宮さんって…すごく訊き上手っていうか…


(スラスラと思っている事が話せちゃう)



「そういう訳か…でも其れ、ちょっとマズいよな」
「え」
「研修最終日にさ、試験あるじゃん。あれって本当は本採用のための最終試験なんだよ」
「………え」
「つまり其の最終試験に受からなかったら採用取り消しって事」
「……………」


(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇー?!)


「う、嘘っ…!」
「其れもパンフに書いてあったと思うけど」
「あわわわわーそ、そんなぁ~~どうしよう!絶対落ちちゃうよー」
「まぁ、今のままではそうだろうね」
「………」


一気に目の前が真っ暗になりました──

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2018.01.30 (Tue)

Darling Sweeper 1話



後悔先に立たずって言葉は私のためにあるものだと今更ながらに痛感している──



「お母様が亡くなったのは小学生の時、ですか?」
「はい、心臓の病気で」
「そうですか、其れはご苦労されましたね」
「…はい」
「だから家事全般が得意という事なんですね」
「はい、母が亡くなってからは私が父と弟の面倒を見なくてはという気持ちが大きくて、勉学との両立をしながら自分なりに一生懸命やって来たつもりです」
「いや、立派です」
「……」


この時私は密かに思った。

(勝った!)

と──



大手お掃除代行サービス会社の就職面接を受けてから一年。


めでたく採用になってこの春から社会人一年生になった私、住吉 恵麻(すみよし えま)は今、酷い目に遭っていた。


「ちょっと住吉さん!何よ其の手つき」
「え?」
「箒!そんな持ち方で掃けるの?!」
「え?え?」
「あなた、箒使った事ないの?」
「い、いえ…あり、ますけど──」


小学校の掃除の時間に少しだけ──と云おうと思ったけれど止めておいた。


「きゃぁぁー!住吉さん、其の洗剤同士を合わせたら有毒物質が!」
「え?──うっ、何か変な煙が」
「換気!換気してぇぇぇー!!」


合わせちゃいけない洗剤なんかがあるなんて知らない──と云おうと思ったけれど止めておいた。



「…はぁ」


疲れきった体を引きずりながら家に帰宅するために社内の廊下を歩いていた。


私は事務職を希望してこの会社を受けたのだけれど、なんでも新入社員は全員入社後三ヶ月間は新人研修とかで掃除に関する実技のありとあらゆるノウハウを叩き込まれる期間というのがあって、其れによって配属される部署が決められるという事なのだそうだ。


現場に出るクリーンスタッフさんが一番お給料が良いという事で他の人はみんな血眼になって研修を受けているけれど…


「よぉ、元気?」
「え?」


考え事をしているところに急に声を掛けられたので顔を上げた。


「なんだぁ、今日もシケた顔してるなー」
「あ…内野宮(うちのみや)さん」


声を掛けて来たのはいつも会社内の清掃をしているクリーンスタッフの内野宮さんだった。


内野宮さんとの出逢いは初出勤の日──


会社に入ってすぐの時、ロビーで派手に滑って転んだ。


其処に慌てて駆けつけて来たのが内野宮さんだった。


『すまない!昨日ワックス掛けてて滑りやすくなっているって看板出すの忘れていた!怪我はないか?!』


私が滑って転んだのを見た周りの人たちはクスクス笑っていたのに、内野宮さんは笑うどころか凄く心配して助けてくれた。


だから恥かしさも忘れてつい


『だ、大丈夫です!床が滑るほどにピカピカなんだって身を持って体験出来て光栄です!!』


と云ってしまって…


勿論内野宮さんにも大笑いされたのだった。


其れ以来、お互い社内で見かけると声を掛け合ったりする仲になった。


「なんだよ、今日は相当落ち込んでいるな」
「…はははっ…まぁ、そうですね」
「話、訊いてやろうか?」
「え?」
「なんかいつも立ち話で少ししか話、訊いてやれてないからさ、この後時間あったら話、訊いてやるよ」
「……いいんですか?」
「いいから云っているんだけど」
「き、訊いてくださいぃぃ~!私の話をぉぉぉー!!」
「わっ!」


私は思わず内野宮さんに抱きついて泣き出してしまった。


「ちょ、お、落ち着けって!泣くなー!!」
「~~は、はぃぃ」


私はこの会社に入ってから、今まで誰にも云う事が出来なかった悩みを洗いざらい話たい気持ちでいっぱいいっぱだったのだ。


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2018.01.29 (Mon)

花筏の行方 8話(終)



「オ、オレの存在を忘れるんじゃない!」

20年来の恋が実った瞬間の甘い雰囲気は、壱矢の罵倒で打ち破られた。

「い、壱矢…」
「なんなんだよ先刻から!オレがいるのにイチャつきやがってっ」
「壱矢くん、いや、我が息子!」
「はっ?!」

いきなり佐野さんが壱矢にガバッと抱き付いた。

「俺が至らなかったせいで君にも随分迷惑をかけてしまったね!」
「な、何を…ちょ、は、離せよ!」
「厭だ、離さない!俺はもう間違えたくない!」
「!」

佐野さんの鬼気迫る言葉に暴れていた壱矢の動きが止まった。

「事情がどうあれ、俺の子どもである君を不幸にして来た罪は重いと思う。だけど過ぎてしまった時間をどうにかする事はいくら俺が男前で優秀だとしても不可能なんだ」
「…自分で云うか、其れ」
「だから過去の事は赦して欲しいと願う事しか出来ない。でも君という息子の存在を知った今ではもう絶対に何もなかったという事にはしない!櫻子ちゃんも、君も──壱矢の事も幸せにしたいんだ!」
「!」
「だからどうか俺を…君の父親としても…櫻子ちゃんの夫としても認めてくれないか」
「…」

佐野さんの気持ちを知った私は溢れ出る涙を抑える事が出来なかった。

(まさかあの佐野さんが…此処まで云ってくれるなんて…)

私はどれだけこの人に愛されていたんだろうと今になってやっと実感したのだった。

やがて壱矢はそっぽを向きながらボソッと呟いた。

「別に…不幸だった訳じゃない」
「え」
「母さんがいたからオレ、別に不幸じゃなかった」
「…」
「子どものオレには解らない事情っていうのがあったんだろうと…今だったら理解出来るし、其れに」
「…其れに?」
「と、父さんの事は…母さんはいつも凄くいい風に云ってて…凄く好きな人の子だからオレを産んだんだって…其れだけで幸せだっていつも云っていて…」
「い、壱矢!」

(其れを佐野さん本人の前で云われるのはとてつもなく恥ずかしい!)

「だからオレ、あんた── と、父さんの事、恨んでないから」
「壱矢くん…」
「先刻云った事…! 守ってくれればいいから。母さんを幸せにするっていうの」
「…壱矢」

自分の事を不幸だと思っていないと云った壱矢の言葉が母親としての私には最高に嬉しい賛辞で、また涙が溢れて来てしまった。

「もう!母さんは泣き過ぎ!」
「だ、だって…だってぇ…」
「櫻子ちゃん、俺、櫻子ちゃんを幸せにするから。だから泣くのはもう今日限りにするんだよ」
「……はい」


小さな想いが桜の花びらとなってユラユラ水面を漂う。

其の花びらが沢山集まってまるで筏の様に形を成す。


其の花筏は何処に辿り着くのだろう──?







「関さん」
「あっ…の、野々宮さん」
「陽南太でいいですよ。義理とはいえ親子になるんですから」
「…はぁ…じゃあ…お言葉に甘えて」
「来週の食事会、妻も出席出来るみたいなのでふたりで伺います」
「あ、そうですか。解りました、お店には此方から連絡しておきますね」

私と佐野さんの結婚話は瞬く間に進んで、佐野さんの息子である陽南太さんの知る処になった。

陽南太さんがどういう反応をするのかと内心ドキドキしていたけれど、いともあっさりと私たちを祝福してくれたので少し面喰った。

日取りがいいという事で入籍と其れを祝う身内だけの食事会というのを来週開く事になっていた。

「お願いします──其れと…」
「?」
「あの…父の事をずっと好きでいてくれてありがとうございます」
「!」

徐に頭を下げられてまた驚かされてしまった。

「見かけあんなで、ふざけた処も沢山あるんですけど…でも性根はとても慈悲深くて優しくて…かなりいい性格をしていると思いますので」
「…」
「どうか父と末永く寄り添って行ってください」
「ひ、陽南太、さんっ…」
「え── あっ!な、なんで泣いて──」

だって…


だってこれ…


(泣かないなんていう方が無理でしょう?!)


「あ、あぁぁぁー陽南太、なんで櫻子ちゃん泣かしているんだよ!」

「げっ…煩いのが来た。じゃ、じゃあすみません、俺、逃げますんで──また」
「あ、ありがとう!陽南太さん」

私の元に駆け寄って来る徹矢さんを照れ隠しに避けている陽南太さん。

其の去り際に微笑んでくれた陽南太さんの笑顔を見た瞬間、私の花筏の辿り着く先は光いっぱいの常しえなのだと確信したのだった。





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2018.01.28 (Sun)

花筏の行方 7話



佐野さんが高校生の時、付き合っていた女の子との間に出来た子ども。

皮肉にも私が佐野さんに妊娠した事を告げようとした矢先、私は其の事実を知ってしまった。

あの時の佐野さんは精神的にも逼迫(ひっぱく)していて、引き取った子どもとの事でいっぱいいっぱいになっていた。


「そんな時に私が妊娠しただなんて…とても云えなくて…」
「…」
「もしかしたら佐野さんは私を抱いた事すら覚えていないのかも知れないのに…なのにあなたの子どもを妊娠しましたなんてとても…」
「…」
「だけど私は好きな人の子どもだから…絶対に産みたいと思いました」
「…」
「だから…悪いとは思いながらも私はひとりででもこの子を産んで育てるって決めたんです」
「…だからあの時…俺が陽南太を引き取って大変だった頃、櫻子ちゃんが一時期俺の前から姿を消していた事があったけど…其れはひとりで子どもを産んでいたって事?」
「…」
「俺はあの時期、目の前の生活に躍起になっていて長い間櫻子ちゃんを遠ざけてしまった事と隠し子がいた事でてっきり嫌われてしまったんだと…」
「本当は私があえて…佐野さんを避けていたんです。極力逢わない様にと…」
「そう、だったのか」
「…ごめんなさい、本当に…勝手な事をしたと思っています」

私は何度も土下座して謝罪した。

(どんなに罵られても…もう今までの様な付き合いが出来なくても…)

どうしたって悪い事しか考えられない今の現状。

でも不思議と私は思った以上に心が穏やかに凪いで行っている気がしていた。

長い間隠し続けていた秘密をようやく吐き出せて、其れを当事者である佐野さんの手で裁いてもらう事が出来るという状況が不思議と私に安堵感をもたらしていたのだ。


「櫻子ちゃん」
「!」

不意に両肩を掴まれ、其のままグッと佐野さんに抱かれた。

「ごめんね…長い間ひとりで…辛かったね」
「さ、佐野さん?」

思ってもみなかった言葉を投げ掛けられ、私は顔を上げた。

佐野さんの顔は今まで見た事がない位真剣な表情をしていた。

「…俺の奔放な行動のせいで櫻子ちゃんの人生を狂わせてしまったね」
「そ、そんな事は…私は、全て私が選択して来た道だから…後悔はしていません」
「…」
「ただ佐野さんに黙っていたという事に関してだけ罪悪感があって…」
「…俺ね、もうずっと櫻子ちゃんの事が好きだったんだよ」
「え!」

ジッと見つめられ、真剣な口調で告げられた。

「だってもう何年付き合って来たと思ってるの、とっくに櫻子ちゃんに夢中だって…解らなかった?」
「わ、解りませんよ、そんな事!だって佐野さんはいつも女の子に囲まれていて…そういった付き合いだって…」
「其処は弁解出来なくて歯痒いんだよね…寄って来てしまうものは無下に出来ないし。でもうちの学生だけに限ってしか寄らせていないよ?勿論お喋りを赦すだけの関係だけど」
「え」
「櫻子ちゃんがうちの大学の事務員として勤めるようになってからは俺、君しか相手にしていない」
「…」
「君の体しか求めていないし、君の愛しか欲しくないんだ」
「…そ、そんな…解らない」
「ちょっとなぁなぁな関係が長すぎたかな。俺も素直に君を求める事が出来ずにいた。其れに櫻子ちゃんに特定の相手がいないっていう事にちょっと胡坐をかいていた処があったのかも」
「其れって…」
「だけど風の噂で櫻子ちゃんが若い男と仲良さげに歩いているのを見たっていう人がいて、其れを訊いてからは心中穏やかじゃなくなってね」
「え、若い男って…」

(壱矢と街を歩いていたのを誰かが見ていたって事?!)

誰に見られたのかは見当もつかないけれど、私は知らなくても学生や先生方、いずれも一方的に私を知っている人は多くいるのだからそういう噂が立つのはあるのかも知れないなと思った。

(完全に隠せていると思っていたのに…)

だけどどの様な噂を佐野さんが訊いたのか解らないけれど、其れを知って昨夜の酷い抱き方の理由が解った気がした。


『今日はデートの約束なかったの?』

『そう。でも彼氏、いるんだよね』

『櫻子ちゃんこそ彼氏に散々教え込まれているんじゃないの?』

『俺の他にもこういう事する男、いるんでしょ?彼氏じゃないの』

『其の顏…っ、俺以外の男も知っているんだよね…んんっ』


あの数々の気になる物云いは、私に若い彼氏がいると知ったから出た言葉だったのだ。

「だから俺、櫻子ちゃんを誰にも取られたくなくて…ちゃんとハッキリと俺の気持ちを云おうと思っていたんだ」
「佐野さん…」

そして彼は今までで一番のとびっきり妖艶な顔つきと、甘い媚薬の様な囁きで私に云った。

「櫻子ちゃんが好きです。愛しています。どうか俺と結婚してください」
「!」

(ずっと…長い間夢見続けて事が…)

其の夢の様な一瞬のために私の今までの辛い人生はあったのだと思った。

そして其れは、今の一瞬で全てなんでもなかった様な事として昇華されてしまったのだった。

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2018.01.27 (Sat)

花筏の行方 6話



──こういう場面をいわゆる【修羅場】というのだろうか?


(いや…違う、よね?)

私は向かい合わせで座っている佐野さんと壱矢を交互に見た。

そして其の光景は私の心の中にある種の感情を呼び起こして、其のまま涙となって流れた。

「櫻子ちゃん、なんで泣いているの」
「あっ」

私の体にそっと触れた佐野さんの掌の暖かさに感極まった。

其の瞬間

「ちょ、あんた、なんで母さんに気易く触ってんだよ!」
「── え」

(あぁ…!云っちゃった…)

壱矢の口から出た言葉に佐野さんは固まった。

「離せよ!母さんを泣かせる下衆は誰であろうと絶対に赦さない!」

私の体に触れていた佐野さんの掌を壱矢はバシッと跳ね除けた。

固まってしまっている佐野さんは壱矢の行為になすがままで、そんな状態がしばらく続いた。

やがてハッと我に返っただろう佐野さんは私の前まで詰め寄った。

「櫻子ちゃん、か、母さんって何?!えっ、もしかしてこの男…の子ってむ、息子…なの?!」
「…」
「櫻子ちゃん!」
「…」

詰め寄る佐野さんにもう隠してはおけないと思い、静かに首を縦に振った。

「! …いつの間にこんな大きな子どもを…って誰、誰の子なの?父親は」
「…」
「櫻子ちゃん!」
「ご、ごめんなさい!」
「えっ」

私は佐野さんの前で土下座をした。

「この子は…壱矢は…」
「…」

私はもう何もかも限界だったのかも知れない。

だから神様はこんな波乱じみた機会を作ってくれたのだろうと──

「壱矢は…あなたの子です」
「!」
「えっ!」

明らかに佐野さんが動揺する雰囲気と、壱矢の驚いた声が聞こえた。

(あぁ…壱矢にも佐野さんにもバレてしまった…)

私は静かに顔を上げ、佐野さんを見つめた。

「…嘘…櫻子ちゃん、嘘、でしょう?」
「本当です、ずっと隠していて…すみませんでした」
「え、い、いつ?そんな…いつ」

佐野さんが顔面蒼白で私を見ている。

(こんなに動揺した佐野さんを見たのは随分久しぶりだな)

そう…19年振りに見た顔だなと思った。

「佐野さんは覚えていないと思いますけど…19年前…秋穂さんが清次さんと結婚した日に…酔った佐野さんから呼び出された時…」
「…覚えているよ」
「え」
「酷く酔っていたけど…櫻子ちゃんを呼び出したのは覚えている」
「…」
「秋穂が結婚して落ち込んでいて…誰かに縋り付きたいと思って、其の時浮かんだのは櫻子ちゃんだった」
「…」
「其の時……えっ、ま、まさか…あの時に?!」
「……はい」
「!」

19年前、私は秋穂さんの代わりとしてでもいいからと思い、佐野さんに抱かれた。

初めてを好きな人に捧げられたという悦びだけで私は其のたった一回を大切な思い出として心に秘め、佐野さんに対しては何も求めなかった。


──だけど初めてのセックスで、避妊されなかったセックスで私は妊娠してしまった


初めての事だらけで私は悩んだ。

誰にも打ち明けられず、ひとり悩んでいたけれどやっぱり父親である佐野さんにはちゃんと話した方がいいと思った。


「でも…云えませんでした」
「どうして!」
「だって…佐野さん……隠し子の事で大変だったじゃないですか」
「!」

出来れば云いたくなかった。

佐野さんにとってはあの出来事は心の傷になっているだろう事だから…

「だから云えなかった…」
「…隠し子って…陽南太の事?」
「……見ていられなかった…あの時の佐野さんを…」
「…」
「だから…云えなかったんです…」

記憶は19年前に飛んでいた。

今、この場には壱矢がいるのだという事も忘れて、私は今までの鬱積した気持ちを佐野さんに吐き出していたのだった。

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