2017.10.31 (Tue)

悪魔でSweet 3話



「はぁはぁ…」

シンと静まり返った廊下を息も絶え絶えになんとか駆けていた。

(キ、キツい)

普段の運動不足のツケが此処に来て一気に返されている様な気がする。

命の次くらいに大切な手帖を探しに会社に戻って来た私。

(確かあの時咄嗟にゴミ箱に入れた気が)

昼間の事を必死に思い出しながら帰り道を引き返して会社へと戻って来た。

(だ…大丈夫…)

ゴミ箱のゴミは朝の清掃時、掃除のおばさんが回収するので今なら手付かずの状態だ。

其のままになっている。

誰もゴミ箱を漁る様な事はしない。

(大丈夫、大丈夫!)

そうやってなんとか自分に云い訊かせながら戻って来た。

既に真っ暗になっている営業部フロアまでやって来て少しホッとした。

(よかった。今日は残業している人いない)

繁忙期でないのが幸いした。

うちの会社は残業を推奨していない。

勿論差し迫った納期がある時などは話は別だけれど、なるべく就業時間内に集中してやる事に重きを置いていた。

無駄に時間をかけてダラダラと仕事をしても効率が悪いという事らしい。

(やる時にはやるっていう姿勢、好きだなぁ)

そんな企業理念も私には合っていると思った。


カチャ

静かにドアを開けて、ちいさく「お邪魔します」と呟きながらそっとドアを閉め歩を進めた。

真っ暗で何も見えなかったけれど電気を点ける事を躊躇した。

(明かりに気がついて警備員さんが来るのはちょっと…)

一応会社入口の守衛の人には忘れ物を取りに来たと告げて中に入って来てはいるけれど、出来れば巡回中の警備員に見つかる事は避けたいと思った。

徐々に暗闇に目が慣れて来て、ぼんやりと室内の様子が解って来た。

(よし、サッサとゴミ箱に)

自分のデスクに向かい其処に置いてあるゴミ箱を漁った。

カサカサと紙屑の擦れる音がする。

だけど

(あれ…あれあれ?)

ゴミ箱をどんなに探っても目的の感触には辿り着かなかった。

「嘘…なんで?!」

つい声が口から出てしまった次の瞬間

「探し物はこれですか?」
「!!」

急に背後から聞こえた声に酷く驚き、思わず机に頭をぶつけてしまった。

「痛っ」

ガンッと乾いた音が響いたと同時に私に触れるものがあった。

「!」
「大丈夫ですか」

頭を撫でられた感触がして益々パニック状態に陥った。

そんな中でも間近にあるだろう相手の顔が窓から入り込んだ月明かりでぼんやりと見て取れた。

「えっ…!あ、あなた…」
「驚き過ぎですよ、三輪さん」
「なんで…なんで此処に…」

其処に居たのは竹井くんだった。

尻餅をついている私の直ぐ傍らにしゃがみ込んでいる竹井くんが私の頭を撫でていた。

「んー其れは僕の台詞ですね。三輪さんこそなんでこんな時間にこんな処にいるんですか」
「あ…あの、私は…忘れ物を取りに…」
「忘れ物ってこれですか?」
「!」

目の前にヒラヒラと掲げられたのはまさしく私が探していた其れだった。

「ゴミ箱に捨ててありましたけど」
「捨てたんじゃないわ!……つ、つい…落として…」
「落として…ねぇ」
「…」

(何…何か…変)

先刻から妙な違和感を感じていた。

其の違和感は彼と話せば話すほどに大きくなって行った。

「こんな時間に取りに来るなんて余程大事な物なんでしょうね」
「…返、して」
「…」
「其の手帖…返して!」
「──ふっ」
「!」

其の瞬間凄く厭な予感がした。

昼間の彼のイメージとは似つかわしくない悪い感じの含み笑いをされて一気に厭な汗が背中を伝って行った。

「必死ですね。まぁそりゃそうでしょうね。まさか真面目で優秀でクールな将来有望女子社員の三輪さんがいつもこんな事を思っていて、其れを事細かに手帖に書き綴っていただなんて」
「! み、見たの?!」
「すみません、ゴミかと思って」
「~~~」

其の瞬間私の目の前はこの状況通り真っ暗闇に包まれたのだった。

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2017.10.30 (Mon)

悪魔でSweet 2話



私は10歳の時の初恋をずっと引きずっているこじらせ女子──だった。

(女子ではないか…もう25だし)

ふと自虐的になってしまう。

 だけど15年経っても彼への溢れる気持ちは留まる事を知らず…

(はっ、そういえば今日は…!)

朝見かけた光景を反芻しながら思わず手帖を手に取る。

「三輪さん」
「!」

急に声を掛けられドキッとする。

そして手にしていた手帖を咄嗟に直ぐ下にあるゴミ箱に突っ込んだ。

「あの、今いいですか」
「い、いいわよ。何?」
「先ほど頼まれた寿町のコンビニ件数と其の店舗間の距離の表示ですが、僕のパソコンでは表示されない店舗があって」
「あぁ、もしかしたら其のパソコン最新版にアップデートしていないかも知れない。ずっと使っていなかったから」
「じゃあ其処からする必要があるんですね」

簡潔に質問を済ませると竹井くんはカタカタとキーボードを打って行く。

(わぁ、早い。慣れたものね)

バイト──という肩書の大学生に大した仕事が出来る訳がないと思っていた私は其の思い込みを反省する必要がありそうだ。

(なんだ、結構使えるじゃない)

課長から指導して欲しいと云われた時は面倒くさい仕事がひとつ増えたとうんざりしたけれど、中々どうして。

指示した仕事は全てそつなくこなす彼に見識を新たにした。

(この分じゃ大した足手まといにはならないかな)

そう機嫌よく思いながら自分の仕事にかかる。

(…)

隣で黙々と作業をしている竹井くんの横顔をチラッと見る。

真剣な眼差しは確かに好感が持てる。

(可愛い…のかな?まぁ素直という点では可愛いのかも知れないけれど)

私は今まで男性と親しい交友がなかった。

私には叶えたい夢があったから、其れに向かってただひたすら勉強に明け暮れるしかなかった青春時代だった。

ただ一途に…

好きな人の役に立ちたいと…

ただ其れだけを望んで今まで頑張って来たのだ。

そして彼の事を思い出すとキュンっと胸が高鳴り、そしてハッと気が付く。

(…あれ?ひょっとして…)

もう一度竹井くんの横顔をチラ見する。

そして何故か顔に熱が集まるのが解る。

(あれ…あれ?竹井くんって…ひょっとして)

誰かに似ていると思っていた。

だけど其の誰かは思い当らなくて…

何故か今、彼の事を思い出すと其処にぼんやりと当てはまる竹井くんがいた。

(! い、いやいや…似てないよ?全然!)

私の好きな彼とは似ても似つかわない体格、雰囲気、顔立ち。

(うん、似ていない──よ、ね?)

頭ではそう思っていても何故だか引っかかって仕方がなかった私だった。





「お疲れ様でした」
「お疲れー」

終業時間を迎え、私は若干ふらつきながらフロアを出た。

「あ、三輪さん。お疲れ様です」
「あ…はい、お疲れ様です」
「また明日よろしくお願いします」
「…はい」

帰り際竹井くんに声を掛けられドキッとした。

其のドキッが何処から来るのか解ってしまって、でもいまいち腑に落ちない処があった。

(もう…忘れよう)

気持ちを切り替え彼に想いを馳せる。

(今朝、出社する時車から降りる処を見かけたんだったわ)

いつもビシッとスーツを着こなす其の身体つきにキュンとした。

背が高くて筋肉質で…

年相応の顔立ちはいつも自信と威厳に満ち溢れていて、一時も其処から視線が外せなかった。


バスに乗り込んだ後も心地よい振動と共にいけない妄想に耽る。

(あぁ…あの逞しい腕に抱かれたら…おかしくなりそう)

思わずこの気持ちを書き留めておきたくて私は鞄を探った。

そして気が付く。

(あ、あれ?)

いつも鞄に忍ばせていた秘密の手帖が何処を探してもなかった。

(え?!う、嘘っ…なんでないの?!)

私は青ざめながらめいっぱい鞄を広げくまなく探した。

そして脳裏にあり得ない記憶が張り付いた。

(そうだ!あの時…竹井くんに急に声を掛けられて…)

手にしていた手帖をゴミ箱に突っ込んだ事を思い出した。

(嘘嘘嘘嘘ぉぉぉ~!)

真っ青になった私は慌てて次のバス停で降りる準備をしたのだった。

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2017.10.29 (Sun)

悪魔でSweet 1話



ずっとずっと思って来た。

夢は願えば叶うんだって事を。

叶えたい夢があるから頑張れる。

絶対に叶えたいから今まで頑張って来られたのだ。

例え其の代わりに失うものが多くあったとしても…

私は決して後悔などしないだろうと思った。


──そして其の頑張りは多くの物と引き換えに私にひとつの結果を実らせたのだった


なのに


「初めまして、竹井由治です」
「は…ぁ」

(たけいよしはる…?誰だっけ)

インフルエンザで一週間会社を休んでいた私が復帰した其の日、いきなり見た事もない若い男の子が私に挨拶をして来た。

「あぁ、竹井くん。三輪さんにはボクから紹介するよ」
「課長」

私と彼の間に割って入って来た課長は私に向かって云った。

「三輪さん、復帰早々悪いんだけど今日からバイトで入った竹井くんの指導、頼めるかな」
「バイト?指導?」

(何…どういう事?)

一瞬頭が真っ白になった。

「彼、今大学2年生で建築学科に籍を置いているんだけどね、坂上部長の遠縁って事で短期間だけど現場に慣れさせて欲しいって云って来てさ」
「僕が坂上さんにお願いしたんです。一応建築士目指しているんですけど実際に建築会社の現場で働いてみたいと思っていて」
「…コネでバイト」
「え」
「! いえ、何でも」

(危ない危ない、つい本音が口から出てしまった)

「部長からのお願いじゃ断れないでしょう?ビシバシ鍛えてやってくれって云われているし大学が休みの間だけの事なんでひとつよろしく頼むよ」
「…」

(そんな短い期間で何が学べるって云うのかしら)

やっとインフルから回復したというのにまた少し頭が痛くなった気がした。

「あの、三輪さん」
「…はい?」

彼は私の憮然とした表情を気にも留めない様ににこやかに微笑みながら声を掛けて来た。

何故か其の時ふと彼が誰かに似ている──と思った。

(えっ…あれ?)

とてもよく知っている人に…

なんとなく似ている?と思ったけれど、其れが誰なのか思い出せなかった。

「三輪さんは営業部では凄く優秀な人だと訊いています。そんな人の元で学べる事が光栄だと思っていますのでどうぞよろしくお願いします」
「…」

素直な物云い。

厭味のない笑顔。

お辞儀の角度や細かな所作までがきめ細やかで何故か不快には思わなかった。

(こんなにあからさまに厭な顔をしている私に対して…)

例え其れ等全てがおべっかだとしても妙に絆された気になってしまったのだった。




「ねぇねぇ、梢が指導する事になった竹井くんって可愛いよね~」
「…可愛い?」
「そうそう、まだ20でしょう?今が一番美味しい頃だよね」
「…美味しい?」

昼休み。

社食で部署違いの同僚と昼食を取っていると、話題の大半は新しくバイトに入った竹井くんの事ばかりだった。

「坂上部長の親戚って事は…結構有望株じゃないの?今の内に手を付けておくのもアリなんじゃ」
「いやでも相手にするかね、あたしらみたいな年増に」
「年増って、まだ25だもん」
「あのねぇ、20の子から見たらもう充分年増だよ?残念ながら」
「やだぁぁぁぁ怖い事云わないでよ~ねぇ、梢」
「──は?何が」

「「…」」

入社してから仲良くなった一応友だちと呼べる人たちではあるけれど、彼女たちの会話には時々ついて行け無くなる時がある。

「歳取った方がキャリアが積めていいじゃない。あぁ、早く管理職昇格試験受けたい」
「もう、梢ったら!そんな事ばっかり云ってると婚期が逃げていくよ」
「ってか梢って、恋愛した事あるの?」
「…」
「やだぁ、ある訳ないじゃん~梢だよ?ないない」
「其れもそうかーじゃあ此処は合コンセッティングしちゃいますか?!」
「しようしよう!」

「…」

(もう…馬鹿にして)

残念でした。

私にだって好きな人ぐらいいるんですからね。

(……まぁ…万年片想い、なんだけど)

そんな事を思ってしまってふぅとため息をついた。


三輪 梢(みわ こずえ)もうじき25歳。

実は片想い歴15年目に突入の寂しい女──だったりする。

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2017.10.28 (Sat)

Bitter&Sweet(番外編2)



11月22日の晩ご飯の後、澄子さんがにこにこしながら私と源治さんがいるリビングにやって来た。

「どうしたんですか、澄子さん」
「はい、今日はあたくしから旦那様と奥様に此方を」

そう云いながら差し出されたものは細長い筒──だった。

「? なんですか、開けてもいいんですか」
「はい、どうぞご覧になってください」

私は澄子さんから手渡された筒をポンッと開け、中から丸まった少し厚みのある紙を取り出した。

クルクル巻かれてた紙を広げてみて目に飛び込んで来た文字に驚いた。

「す、澄子さん、これ」
「あたくしから旦那様と奥様に『いい夫婦の日』表彰状でございます」
「…」

そう、其れは【表彰状】の大きな文字に始まり、私と源治さんがいい夫婦である事を評した手づくりの表彰状だった。

「旦那様と奥様がご結婚されてまだ半年過ぎ程ではございますが、まぁ、其の仲の良さと云ったら…あたくしの目には少々眩し過ぎるものがございます」
「…あのっ、其れって…」
「勿論褒めているのでございますよ。嬉しいのでございます、本当にもう…こうやって表彰したいくらいに」
「…澄子さん」

澄子さんがそんな風に思っていただなんて知らなくて、知らない処でこんな素敵なものを用意していてくれたのだと考えるだけで澄子さんに対して源治さん同様愛おしいという気持ちが湧いて来て仕方がない。

「わぁぁぁ、澄子さん!」
「ちょ、ちょっと奥様、だからいつも云っている様に抱きつく相手が違うと──」
「澄子さんです!私が今抱きつきたいのは澄子さんなんですから~~!」
「…本当にお変わりのない方だこと」

そう呟く様に云った澄子さんは優しく私の背中を撫でてくれたのだった。




「はぁ~嬉しいなぁ、これ、一生の宝物になります」
「そうか、よかったな」

リビングでは私と澄子さんのやり取りを黙って見ていた源治さんが、ベッドの上で表彰状を抱きしめる私を柔らかな表情で見つめながらそう云ってくれた。

「本当に澄子さんって素敵な方ですね。もう大好きです!」
「由梨子がそう思ってくれるのは俺としても嬉しいな」

いつも通り寝室で繰り広げられる源治さんとの甘い時間を過ごしている時、ふと疑問に思った事が頭の中に過った。

「そういえば」
「ん、なんだ」
「源治さんって澄子さんの事、なんて呼んでいるんですか?」
「──は?」
「よくよく考えてみれば私、この家に嫁いでから一度も源治さんが澄子さんの事を呼んでいる処を見ていないなって」
「…」
「私に澄子さんの事を話す時には『母』と云っているのは知っているんですけど、実際源治さんが澄子さんに話し掛ける時はなんて呼んでいるんですか」
「…なんと呼ぼうがいいだろう」
「え、なんで言葉を濁すんですか」
「濁してなどいない」
「じゃあ教えてください」
「教える必要などないだろう」
「…源治さん」
「な、なんだ」
「どうして其処でそういう返しが来るんですか。其れは源治さんの中で私に訊いて欲しくない要項に入っているのですか」
「どうしてそんな固い云い方をする」
「だって源治さんが変に答えを回避しようとしている様子がありありで余計気になるんです」
「…」
「寂しいなぁ…夫婦で隠し事があるなんて。私は源治さんに包み隠さず色々話しているのに…」
「ゆ、由梨子、泣いているのか?」
「いいえ…泣いてなんて…」

少し源治さんから顔を逸らして俯きながら声を震わせてみた。

「解った、云うから泣くな!」
「本当?わーい、教えてください♪」
「! お、おまえ…謀ったな」
「謀っただなんて…ふふっ」
「~~~」

源治さんと一緒に居る様になってからまだ半年ほどしか経っていないけれど、この頃は源治さんの扱い方も何となく心得て来たような気がする。

「源治さんは澄子さんの事をなんて呼んでいるんですか?」
「──澄子」
「………はぃ?」
「だから『澄子』と呼んでいる」
「…」

其れは予想外の回答。

てっきり『おふくろ』とか『母さん』とか…

(そんな感じの答えが返って来ると思ったのに)

「なんで呼び捨てなんですか」
「おまえもそろそろ解って来ているんじゃないか?あの母の気質を」
「…」
「物心ついた時からしつこいくらいに『あたくしの事は澄子とお呼び下さいね』と云われて来たのだぞ」
「……あぁ」

其の光景が何となく想像出来てしまうほどに私は澄子さんの事が解る様になっていた。

「幼い時分、一度『お母さん』と呼んだ事があったが、あの時は……」
「あの時は?」
「………」
「源治さん?」

源治さんは少し青い顔になって其れ以来口を開く事はなかった。

(え…えっ…!一体何があったの?!)

物凄く気になる事ではあったけれど、源治さんが此処まで云う事を躊躇われる出来事があった──という事で私は自分を納得させようとした。

(そ、そっか…澄子さんの云う事には極力逆らっちゃダメって事なのね)

普段はとても優しいお姑さんとしての澄子さんが其のままの甘い人ではないのだと源治さんを通して肝に銘じた出来事だった──





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2017.10.27 (Fri)

Bitter&Sweet(番外編1)



約二年ぶりに会った彼女は人妻になっていた──

『初めまして、南春登です』
『あ…あの…初めまして』

明らかに動揺ぶりが窺える彼女の態度に様々な気持ちが湧いて出て来た。


伊志嶺 由梨子──旧姓 竹井 由梨子。

大学時代に合コンで知り合った彼女。

女には興味のなかった僕だったけれど、彼女があの竹井道長の娘と知って俄然興味が湧いた。

竹井道長は建築士として心に留めていたひとりでもあったから、僕にとっては娘の視点からの彼の話が訊ける事はとても有意義な時間となった。

彼の話を訊く機会を得るために彼女とは頻繁に会う様になり、そして考えた。

これほどまでにカモフラージュに最適な女はいないんじゃないのか──と。

恋愛対象が男だった僕にとっては表向きはノーマルでありたいと思っていた。

しかし其れなりの容姿を持っていた僕に云い寄って来る女はうんざりする程多く、其れを常々鬱陶しく思っていた。

──彼女はそういった意味でもいいストッパーになると考え、彼女と表面上の交際を始める事にした

交際──といっても精々キス止まり。

体の関係は持ちたくなかった。

彼女も特に不満そうな感じを見せなかったために、微温湯の様な交際は順調に進んでいた。

しかしもうじき交際一年になろうかという頃になって、彼女は僕との関係に疑問を持ち始めた。

自分は女として見てもらえていないのではないか?

本当は好きではないんじゃないのか?

そんな浅はかな事を云う様になった彼女の事を徐々に疎ましく思う様になり、僕は思い切って彼女に自分は女を愛せないのだという事情を話した。

其れを訊いた彼女は大層驚いたが、其れでも女として自分だけを愛してくれる様にと僕に迫った。

今は愛せないかも知れない。

だけど月日が経てばきっと其処に愛情は生まれるからと散々僕に畳み掛けたのだ。

意外にも情熱家だった彼女にある意味新鮮さを感じはしたが、この手の一途な女は僕にとっては一番嫌悪感を覚えるタイプだった。

仕方がなく彼女の方から諦めてもらうために、僕はアナルセックスの強要をした。

彼女は最初、戸惑い、厭だと云った。

其れはそうだろうと、此方の思惑通りの展開にほくそ笑んだ。

しかし僕が別れ話を切り出すと途端に態度を軟化させ、僕の要求に応じると云って来た。

今度は僕の方が驚いたけれど、仕方がないので彼女を抱く事にした。

前戯もないまま、彼女を四つん這いにさせていきなり挿入した。

そんなやり方では絶対に挿入らないと知っているからこそ、酷いやり方で彼女を追い詰めた。

案の定彼女は泣き叫んで止めてと懇願した。

元々本気じゃなかったから早々に止めたけれど、其れでも彼女はかなり頑張って耐えていた。

彼女とは其れっきりだったけれど、何故か其の後味の悪さがいつまでも僕の心に残っていたのだった。


──そんな彼女との再会


しかも僕が密かに恋焦がれていた伊志嶺社長の妻になっていたとは…

複雑な想いを抱くなという方が無理だろう。


精悍な顔立ちに男らしくガッシリとした体格の伊志嶺社長。

仕事関係で見かけてからすっかり虜になった。

彼に近づきたくて、なんとか手に入れたくて、其の一心でコンペに出品した作品が日の目を見て、伊志嶺社長との関係が一歩前進したかの様に思えたのに──

(…彼女、邪魔だなぁ)

なんとか彼女を伊志嶺社長と別れさせたくて色々策を練った。


しかし──


「貴様はやり過ぎた」
「!」

度重なる彼女へのメール攻撃。

あらぬ嘘や戯言を並べ、彼女を誘い出そうとした。

そしてやっとこぎつけた密会の約束。

彼女の不貞をでっち上げ、伊志嶺社長に報告し、あわよくば離婚──という運びにしたかったのだけれど約束の時間、ホテルに来たのは伊志嶺社長自身だった。

「な…なっ、んで…」
「由梨子から全て訊いた」
「! か、彼女…僕との事を…あんな恥ずかしい事をあなたに話したっていうんですか?!」

(彼女の性格からして絶対に云えないだろう話だったのに)

「貴様との行為よりも更に恥ずかしい責め苦を与えたら話したぞ」
「…せ、責め苦」

伊志嶺社長の凄味のある其の云い方、言葉にゾクッとした。

彼女は社長から一体どんな仕打ちを受けたのか──其れを考えると怖さというよりもゾクゾクとした悦楽めいたものを感じてしまった。

「貴様が何の目的で由梨子にちょっかいを出しているのかは知らんが──俺が知った以上どうなるか解っているだろう」
「! ひぃっ」

ガツッ!という音が耳に痛い程響いた。

いきなり壁際にまで追い込まれ、僕の顔の直ぐ真横の壁が物凄い音を立てて穴を開けた。

「あ…あっ…」
「貴様は男が好きらしいな」
「は…」
「由梨子からも頼まれたから手荒い事はせん。仕事も其れなりに出来そうだしな」
「…」
「由梨子に免じてこいつらをくれてやる」
「え」

伊志嶺社長がパンッと掌を叩たくと、部屋の中に屈強な男が3人入って来た。

「え…えっ…」
「精々可愛がってもらうといい」
「?!」
「まぁ──人工肛門を付ける事になったら慰謝料は伊志嶺に請求するといい」
「な!なっ…ななな…」
「ではな」
「ま、まっ待ってくださ──」

僕が伊志嶺社長を追おうとする手は男たちにガシッと取られてしまった。

「!」
「心配しなくても俺たちはソッチ専門の玄人だから酷いようにはしないぜ」
「なっ」
「とりあえず社長の奥方にした事と同じ事をする必要があるな」
「や…」
「時間はたっぷりある──安心して何度もイケ」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ──!!!」





其れからの僕の記憶は真っ白になくなってしまった───




其れは余りにも恐ろしい出来事だった…

僕はこの一件で、世の中にはちょっかいを出していい人間と悪い人間がいるのだという事を学び、むやみやたらと欲望のまま突き進む事は慎もうと思ったのだった。




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