2017.04.30 (Sun)

若様の料理番 10話(終)




あの面接の日から私の周辺は大きく変わってしまった。



「あぁ、本当に良かったぁ。泉さんが若の料理番になってくれて」
「い、いえ…そんな、私はまだまだで…」
「謙遜しないで?あの若が私以外の料理を食べている処を見られて私、感動で涙が…」
「えっ!泣いているんですか?!来未さんっ」
「だって…だってぇぇぇぇ~」
「泣かないでください!お腹の赤ちゃんに障りますよ」


矢羽々樹生の専属料理番を来未さんからバトンタッチされてから一週間。

住居も矢羽々の屋敷の中の従業員棟に移してからほぼ24時間、私は矢羽々のために働く身の上になっていた。

勿論其の間に私は何度か矢羽々と体の関係を持つ事もあって、直接的な言葉を云われないでも何となく矢羽々とはただの雇い主と従業員以上の関係なのかな?と自惚れてしまう事もあった。

(いや…ダメダメ、もっと気を引き締めなくっちゃ)


「あぁ~いずみちゃんだー!」
「!」

物思いに耽っていた処に急に後ろから飛びついて来た重さに一瞬驚いたけれど、直ぐに其の重さを抱きかかえて顔を合わせた。

「お帰りなさい、花鈴ちゃん」
「ただいま!ねぇねぇ、いずみちゃん、いつになったらかりんのおむこさんうまれるの?」
「……へ?」
「こら、花鈴、何云ってるの?!」
「だってママ、わかさまがいっていたよ?わかさまはいずみちゃんとけっこんするからかりんはおよめさんにできないんだって。そのかわりにわかさまといずみちゃんのこどもをかりんのおむこさんにあげるからねって」
「?!」
「えっ、い、泉さん、まさかあなたもう妊──」
「そ、そそそ、そんな事、ある訳ないですから!全然、全く!」
「だからぁ、はやくあかちゃんうんでよーかりん、とししたは6さいくらいまでしかあいてにできないからね」
「な…なっ…」
「もう、花鈴!ちょっとこっちに来なさい!」
「やぁーママぁ、おこるとあかちゃんでてきちゃうよぉーあ、でもはやくあいたいからいいのか?」
「花鈴!」

「…」

(な、何がどうなって…)


「其のままの意味ですよ」
「えっ!」

いつの間にいたのか解らなかった御門時人さんが私の後ろから姿を現してそっと耳打ちした。

「まだ公にはなっていませんが、あなたは若の料理番でありながら婚約者という立場になっているのですよ」
「! な、何ですか、其のでたらめな情報っ」
「でたらめではありません。あの若に食事を摂らせる事が出来、しかも若に手を出しても手打ちにされない、若を頭ごなしに叱れる女性と云ったら後にも先にもあなたぐらいしかいないという事です」
「…」
「私は安心しました。私の代わりに若に厳しく苦言を呈してくださる方が現れたという事に」
「で…でも私は…庶民で…」
「そういった心配は要りません。其れにあなたのお父様は警察関係の方ですよね?旦那様や奥様は警察関係者が身内にいると何かと心強いとあなたとの婚姻には乗り気ですよ」
「?! もうご両親にも話が──」
「若は外堀から固めるタイプみたいですね」
「……」
「でもまぁ、当の本人であるあなたもこの話には異論ありませんよね?」
「…」
「あのブタ時代から若の事を想って、未来を選択して来たあなたなら若と共に在る未来も望んでいいのでは?」
「…」


── 本当にあの男には敵わない


(まさか周りからこんなに色々訊かされる事になるとは)

だけど…

私が仄かに願って想って来た事を信じてもいいのだろうか?

いつか矢羽々を公私共に支えられる存在になれるのだと望んでも──




「泉ちゃん」
「!」

キッチンでじゃがいもの皮を剥いていると声を掛けられた。

「あ…お帰り、なさい…ませ」
「僕に敬語とかって泉ちゃんには似合わないし気持ち悪いから止めて」

(…やっぱりこういう男、なんだよね)

「お帰り」
「ただいま」

スーツ姿の矢羽々が私に纏わりつく様にすり寄って来た。

「きょ、今日は早いんだね、会社」
「うん。明日から旅行だからさ、早めに切り上げて来た」
「え、旅行?出張にでも行くの?」
「出張じゃないよ。泉ちゃんとのラブラブ旅行だよ」
「………は?」

(今…なんて…)

私は手にしていた包丁をまな板に置き、矢羽々に向き合った。

「あれ?どうしたの泉ちゃん。なんか…顏、怖いよ?」
「あんた、今、なんて云った?」
「え?だから明日から泉ちゃんとラブラブ旅行だって」
「私、そんな話訊いてないわよ!」
「だから今云ったじゃない」
「あのねぇ!今日明日でいきなり過ぎるでしょう!何よ、其の唐突感は!」
「だって驚かせたかったんだよ、泉ちゃんを───驚いた?」
「驚いたわよ、充分!だけどそんな旅行、私、行かないから」
「はぁ?!何云ってるの、泉ちゃんがいなきゃ意味ないんだよ」
「知らないわよ、そんないきなり云われたって私──」
「絶対行くよ!だって僕、この旅行で泉ちゃんにプロポーズするんだから!」
「─── え」
「………… あっ!」


(プロ…ポーズ?)


って云った?今…


「あんた…今」
「あぁぁぁ、僕の馬鹿馬鹿!折角サプライズにしたかったのにぃー」
「…あんた…馬鹿じゃないの?なんでそんな事で…」
「馬鹿じゃないよ!初エッチの時は全然想い出深く演出出来なかったからプロポーズはって思うでしょうが!」
「!」

(そんな事を考えていたの?!)

「と、兎に角!旅行、明日決行だからね、ちゃんと行く準備しておいてね!」
「…」

真っ赤になってキッチンを飛び出して行った矢羽々の姿に不覚にもときめき過ぎて胸が張り裂けそうだった。


(私…いいの?望んでも…)

矢羽々の傍にずっといられる権利を得られる事を望んでもいいのかなと、今までよりほんの強く願った私。


──いつか近い将来、矢羽々の料理番から少しだけステップアップした関係で、堂々と矢羽々の隣にいられる日が来るのかなと想像すると、胸の奥がドキドキと高鳴って仕方がなかったのだった






1awak.png

★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチいただけると色んな意味で励みになります♪

00:00  |  若様の料理番  |  EDIT  |  Top↑

2017.04.29 (Sat)

若様の料理番 9話



嫌いな相手だったら思いっきり抵抗出来たし、急所に一撃を喰らわせる事だって出来た。



「あっ、んっ…!」

だけど私はこの男相手に其れが出来なかった。


「…えっ…まさか」
「…」


濃厚なキスから流れる様に其の行為は始まった。

手慣れた様に私の衣服を剥ぎ取り、其の柔らかな唇と形のいい指が私のありとあらゆる処を弄った。


甘い…


媚薬の様な感触だった。


其れは初めて味わった──



「君、は、初めて、なの?!」
「……な、何よ…悪い?」

『挿入れてもいい?』と訊かれたから『いい』と答えた。

其れは私にとっては正真正銘初めての行為で…

怖さがあったのは確かだったけれど、だけどそんな怖さは矢羽々に抱かれるという嬉しさの前では何でもない事になってしまっていた。


初めての行為は凄く…物凄く痛かったけれど、泣き叫ぶほどの痛さじゃなかったし、其れより何よりも矢羽々とひとつになれた──という事実が私を痛さ以外の感情に引きずり込んでいったのだった。


「なんで云わないの。初めてだったなら僕、もっと優しく──」
「…いいよ」
「え」
「矢羽々に…やられるなら…優しくなくても…」
「!」

其の瞬間、私の中に収まっている矢羽々のモノがピクッと動いた気がした。

「?」
「な、なんだよ…君、なんでそんな」
「矢羽々…?」
「──そんな可愛い事云うんじゃ本当に優しく出来ないよ」

少し戸惑っていた表情からほんの少し、口の端が上がったのが見えた。

そんな矢羽々の変化に気が付いたと同時に、私の中に収まっていたモノが少し抜け、そして一気にグッとまた奥へ押し込められた。

「いっ!」
「はぁ…ダメだぁ…我慢出来ない」
「あっ、あっ…ぃっ…」

ガンガンと激しく腰を振られ、何度も何度も抜き差しされる度に私の中はツンとした痛みに襲われた。

ジュブジュブという音がとても卑猥で、其の音に集中しているとやがて痛みが消えて行き、代わりにやって来た感覚は…

「あぁ…ヒクついて来たね…」
「あ、あぁ…んっ、んっ」

矢羽々のモノが生き物の様に私の中を蹂躙して、其れに合わせる様に私の中が変化して行くのが解った。

(何…何…っ、これ!)


初めての経験。


感じた事がなかった悦楽。


今まで知らなかった其の全ての事をずっと想い続けていた男によってもたらされた事実に泣きたくなる程に嬉しさを感じたのだった。




「はぁはぁ…はぁ…」
「…」

私はお腹の上にまき散らされたほんのりピンク色をした精液をジッと見つめていた。

「ごめんね…ゴム、持っていなかったから」
「…いいよ、別に」
「痛い?まだ少し出血しているけど」
「っ」

そう云いながら矢羽々は優しく私のお腹の上と秘所をティッシュで丁寧に拭いてくれた。

「…処女だったなんて…なんだか悪い事しちゃったなぁ」
「!」

矢羽々の其の云い方にカチンと来た。

そして気が付けば私はティッシュの箱を矢羽々に投げつけていた。

「痛っ、な、何」
「悪かったわね、処女で!何、其の云い方、処女だったら何か都合が悪い訳?!」
「え…」
「あんた、どういった気持ちで私を抱いたの?!単にエッチがしたいだけで…雰囲気に負けてヤラせてくれそうな安い女だって思ったから抱いたの?!」
「はぁ?」
「私が誰とでも寝る様な女に見えたの?!こういう事には慣れていそうだからって──」
「違う!そんな訳ないじゃないかっ」
「!」

咄嗟に伸びて来た矢羽々の腕に私の体は絡め捕られた。

「そういう意味で悪かっただなんて云っていない!初めての事だったならもっと思い出に残る様なシチュエーションで優しく抱きたかったって云ってるの!」
「なっ…!」
「女の子にとっては凄く重要な事でしょう?初めてって」
「…」
「其れなのに知らなかったとはいえ君の部屋で…膣外射精で汚しちゃったり…本当…ごめんって気持ちでいっぱいで」
「……そ、そんな事…」


(そんな事を思ってくれていたの?)


私は成長した矢羽々が思っていたより昔の頃とあまり性格が変わっていなかった事に、少し安心した気持ちになったのだった。


1awak.png

★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチいただけると色んな意味で励みになります♪

00:00  |  若様の料理番  |  EDIT  |  Top↑

2017.04.28 (Fri)

若様の料理番 8話



「…まさか…其れ、ずっと自分のせいだって思っていたの?」
「え」


矢羽々がとても云い辛そうに告白した話を訊き終えて、私は少し呆気に取られてしまった。

私の転校を矢羽々はずっと自分が世話係に愚痴った事が原因だと思っていたというのだ。

「そんな事で…そんな事、ある訳ないじゃない!あれは、あの時は父の転勤で転校したのよ」
「── えっ」
「知らなかった?私の父は警察官で…昔から転勤が多くて、あの小学校だって私が3年生の時に転校して来たんだから」
「…そんな事知らなかったよ…っていうか、そもそも僕、君の事を男の子と勘違いして覚えている位だったから」
「あぁ、そう!…確かにあの頃は…男女みたいだってからかわれていたけど…だけどね、私があんたを苛めていたのにはちゃんと理由があるんだから!」
「…」
「ううん、そもそも苛めとは違う。私はあんたのためを想ってずっと助言して来たっていうのに…」
「…うん、其れはさ、今になってそうなんだろうなと思ったよ」
「え」
「あの時、君が僕に対して云っていた事は本当に真っ当な事だったんだから。ただ其の時の僕は苛めと助言の違いが解らなくて勝手に被害者意識に苛まれていた」
「…」
「僕側の事情を知らないとはいえ…すごくもっともらしい事を云われているのに…其の時の僕はみんなに全ての事情を話せるほど成長していなかったんだ」
「…」


矢羽々が当時の時の事を話す。

其れを私は胸の奥をキュキュと痛めながら訊いていた。


「成長した今になってやっと解ったんだよ」
「……あのさ、私も…苛められていたんだ」
「え?」
「小学3年の時…あの学校に転校して来た時に…人見知りが激しくて転校ばかりしていた事で卑屈になっていて…でも其れじゃダメなんだって父に教えられて…ちゃんと苦手な事にも真正面からぶつかって行かなきゃいけないんだって知ったから」
「じゃあ、あの時僕にくどいくらい絡んで来て云っていた言葉は…」
「自分の経験からの言葉だよ。いくら金持ちのぼんぼんだろうとなんだろうと、自分から壁を作っちゃいけないんだと思った。なんだかひとりでいる方がマシみたいな顔していたけど…」
「…」
「あんた、時々みんなが遊んでいる処をジッと羨ましそうに見ていたり、給食の話をしている子たちの話に耳を傾けていたりしていたから…絶対みんなと一緒に遊んだり給食食べたりしたいんだって思っていた」
「…君、よく見ていたんだね…僕の事」
「!」

(しまった!つい口を軽くして云わなくてもいい事まで云ってしまった!)

「そっか…あの時の君の僕への仕打ちは愛情の裏返しって奴だったのか…」
「ちょ、勘違いしないでよ!なんで私があんたの事をっ!」
「…あぁでも、僕の事ブタ呼ばわりして蹴っ飛ばした事もあったよね」
「!」
「あれはちょっと傷ついたなぁ~」
「だ、だって!あんた痩せれば絶対いい男になるのに!なんであんな鬱陶しい位に太るんだよって思って歯痒くて…って」
「…へぇ」
「!」

(今、ニヤってした?!)

「そっかそっか…君は僕がブタの頃から気にしていたって事なのか」
「ちょ、な、何…なんで近寄って来るの?」
「いや、君の本音をもっとちゃんと訊きたいなぁと思って」
「ほ、本音…」
「ねぇ、なんで調理師免許取って料理人になったの?」
「! そ…そ、れは…」
「確か転校する前に先生から訊いたんだよね?僕が酷い偏食で普通の食事が出来ないって事」
「…」
「お菓子しか食べられないからブクブク太ってしまったんだって…其れを知っていた君はどうして料理人の道に進んだの?」
「…」
「いつか僕の偏食を治したいって、そんな気持ちを持ってくれたから選んだ道だった?」
「……」
「ねぇ、そう思って…僕は自惚れてもいいのかな」
「~~~」


── 完敗だった


この男、やっぱり矢羽々財閥の跡取り息子だった。

どんな手を使って私の事を調べたのかは解らない(知りたくもない)けれど…


「君は本当の僕を見つめて来て、寄り添おうとしていたんだね」
「そんな…いいものじゃない。ただ単に…何もかも恵まれている癖にあんた、ちっとも幸せそうじゃなかったから」
「…」
「今回の御門さんからの話だって…私が…私なんかであんたの助けになる事があったらしたいなって思って…」
「…」
「あの時は…小学生の時は少し間違った励まし方をしたかも知れないけれど、今度こそはって思っていたのに…」
「…ごめんね、性別、思い違いしちゃっていて」
「!」
「そりゃ傷ついて、咄嗟にグーで殴っちゃうよね」
「あっ」

ズリズリと近づいて来る矢羽々から逃れようと後退りをする私の後ろにはもう壁しかなかった。

「でも本当に驚いたんだ。想い出の中の男の子がまさか…こんなに可愛らしい女の子になって僕の前に現れるだなんて」
「か、可愛っ」
「すごく可愛いよ。小学生の時の面影がないくらいに…あの時は凛々しい感じだったのに今は…」
「えっ…」
「僕の心を一瞬で掻っ攫ってしまう女性になってしまった」
「!」

私の体は壁際に追いやられ、そして其のまま

「ん」
「ふ…っ」

強引に唇を奪われていた。

強く押された唇は直ぐに深くなって何かに急かされる様に濃厚になった。

「ん、んっ」
「…んっ、あっん」

擦れ合う舌からは厭らしい音しか出て来なかった。


──そして気が付いた時には、私は矢羽々に押し倒されていた


1awak.png

★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチいただけると色んな意味で励みになります♪

00:00  |  若様の料理番  |  EDIT  |  Top↑

2017.04.27 (Thu)

若様の料理番 7話



ピンポーン



「…」

遠くで聞こえたチャイムの音で目を開けた。

(あぁ…私、寝ちゃっていたのか)

畳に頭を叩き続けていた途中でふと意識がなくなっていた。

其処に聞こえたチャイム音で目が覚めた。


「…はい」

少し痛む頭を抱えながら玄関ドアを開けると

「えぇ、なんで来訪者を確かめないで開けちゃう訳?!」
「…」

其処にいたのは今、最高に逢いたくなかった人物。

「不用心だよ、女の子のひとり暮らしなんだからさ」
「なっ、な、ななな、なんでっ…!」
「なんでと云われても話があるから来たんだよ。あ、お邪魔してもいいかな」
「えっ、や、やだっ!」
「やだと云われて此処で帰る様なら最初から来ないってば」
「!」

私の拒否する言葉をまるっきり無視して、いきなりやって来た矢羽々が「お邪魔します」と云いながら家の中に入って来た。


「ほぉ…意外ときちんとしているんだね、田中さん」
「ちょっとあんた!何勝手に入っているのよ!」
「だから話があるって云ったでしょう?」
「話…話って…ば、賠償請求とかなんかの?」
「え、何其れ」
「だって私…あんたの事…殴って…」
「あぁ、そうそう。僕、グーで殴られたの初めてだよ。しかも女の子に。新鮮だったなぁ」
「な…なっ」

(何云ってんのよ、こいつ!)

なんだかニコニコしながら遠い目をして語っている目の前の男にある意味怖さを感じだ。

私の知っている矢羽々は小学5年生の時までで、いくら変貌した姿を見掛けた事があっても中身がどんな変化を遂げているのか解らなかったから。


「賠償とかそういった話じゃなくて」
「じゃ、じゃあ復讐?!」
「…は?」
「小学生の時に私があんたを苛めていた事を根に持って…そんな女が何食わぬ顔で雇ってくださいって云って来た事に対する文句でも云いに来たの?!」
「…」
「なんで…なんでこんな汚いボロアパートにあんたみたいな男がひとりで来るのよっ」
「…ねぇ」
「!」

いきなり顎をクイッと掴まれた。

そして其のまま矢羽々の顔間近まで私の顔は引かれて…

「なっ…な…」

其の距離の近さに一気に顔が赤くなった。

「ふっ、やっぱり。この頬の跡、畳だよね」
「?!」
「此処の畳で居眠りしていたでしょ?跡がくっきりついてるよ」
「~~~」

そう云ってケラケラ笑う矢羽々は其のまま私の顎から手を放した。

(な、何なのよ、本当にもう!)

其処にいたのは私の知っている矢羽々じゃなかった。

私の全然知らない男で…

(あぁ…やっぱり敵わない)

そう思ったら急に体中の力が抜けて脱力してしまった。

「おっと、大丈夫?」
「!」

崩れ落ちそうになった私は咄嗟に伸びて来た矢羽々の腕に支えられていた。

そして其のまま畳に静かに座らされた。


「ねぇ、少し落ち着いてよ」
「…」
「僕、君に色々訊きたい事があるし、知りたい事もある」
「…」
「そして…君に謝りたい事も」
「…え」

(謝りたい事──って)

謝るのはあんたを殴った私の方じゃないか?と思ったのだけれど

「僕が小学5年の時に君に対してした酷い仕打ちを赦して欲しい」
「…」

そんな言葉から矢羽々はつらつらと昔話を始めたのだった。


1awak.png

★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチいただけると色んな意味で励みになります♪

00:00  |  若様の料理番  |  EDIT  |  Top↑

2017.04.26 (Wed)

若様の料理番 6話



「ねぇ、彼女は?」
「え」

僕は上体を起こして来未さんに問い掛けた。

「僕をグーで殴った彼女──田中泉さん」
「…其れが、若を殴ってから何度も謝って其のまま屋敷から出て行ってしまったんです」
「…」
「あの…若、彼女と知り合いだったんですか?よく解らない会話でしたけど、小さい時の同級生、みたいな感じだったような…」
「僕、小学5年の時、あの子に苛められていたんだ」
「え」
「でも僕、あの子の事ずっと男の子だったっていう記憶しかなくて…まさか女の子だったなんて」
「まぁ、小学生の時の記憶というのは曖昧なものだよな。特に活発な女子は時として其処ら辺の男子より凛々しい場合だってある」
「…」

時人が云った言葉に酷く納得する。

(そう、なんだ。彼──彼女は凄く活発で大勢の取り巻きを引き連れていた)

てっきり男の子だとばかり思っていて、だからこそ余計に怖かったんだと思った。


──だけど…


「…そっか、女の子、だったのか」
「若?」
「ねぇ来未さん、彼女の連絡先教えて」
「え」
「僕、彼女に謝りたいんだ」
「其れは…いえ、謝るのは彼女の方じゃ…」
「ううん。今回の事で彼女が謝る必要はない。僕が悪かったんだから」
「…若」

心配そうな来未さんに向かって僕は安心させるように云った。

「僕、彼女の事気に入ったよ。来未さんがいない間は彼女に僕の食事を作ってもらう事にするから」
「えっ、い、いいんですか?」
「勿論。というか彼女以外は考えられないなぁ」
「若…」

ヒラリとベッドから下り、時人に視線を合わせた。

「──いいよね?」
「…若は今まで欲しいと思って来たものはどんな事をしてでも手に入れて来ただろう?───来未以外は」
「まぁね。なんかさ、久しぶりにキタッて感じだ」
「やってみろ。矢羽々の次期総帥のお手並み、とくと拝見させてもらう」
「まかせてよ」
「ちょっと…ふたりで何訳の解らない話をしているんですか」
「あぁ、来未さんは時人から訊いて?僕、ちょっと出かけて来るから」
「えっ、わ、若?!」

慌てふためく来未さんには申し訳ないなと思いながらも後の事は時人に任せて、僕は素早く身支度をして屋敷を後にしたのだった。










(覚えて…いなかった)

其の事が私の心を鋭く抉った。

そして気が付けば…

(グ、グーで殴るなんて…!)

あり得ないと思った。

昔みたいな気性の荒い行為はすっかり封印して来たはずなのに…

(どうしてか矢羽々相手だと手が出てしまう…)


調理師学校の数年先輩になる御門さんから話を貰った時はまさか──と思った。

小学校時代、気になるが故ちょっかいを出していた相手の専属料理番になるという夢の様な奇跡に柄にもなくときめいた。

矢羽々家の御曹司という肩書から様々なメディアや情報誌に取り上げられ、其処で成長した姿を目にする度に何度もため息をもらした。

小学生の時とはまるっきり別人の矢羽々に何故かもどかしい気持ちを常に持ち続けていた。

本当なら私が…

私が矢羽々にしてあげたかった事を既に別の人がやってしまっていたという事を知り、余計に気持ちは落ち込んだ。

(あぁ…終わりだ…何もかももう、お終いだぁ~)

自宅アパートの畳に何度頭をぶつけても、自己嫌悪から立ち直る事が出来ない私だった。


1awak.png

★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチいただけると色んな意味で励みになります♪

00:00  |  若様の料理番  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME |  NEXT >>