わがままな芳香 1話

──私は厄介な体質の持ち主だ「芳香、おはよう」「おはよ……ふぁぁ~」「随分眠そうね──昨夜はさぞかしお愉しみだったんでしょう?」「あ~~其の話はしないでぇぇ~」「なによ、訊かせなさいよ。一番の有望株お持ち帰りしたんだから」「…まぁ…一応いただきました、けど」「やだぁ、やっぱりやる事早過ぎだわ!で?付き合うの?」「付き合わないわよ!あんな男」「あら…もしかして下手糞だったの?」「其れはまぁまぁだったけどね、...

わがままな芳香 2話

(な、何…この悪臭はっ!)鼻を抑えながら辺りを見回すと、店頭の化粧品を見ている中年女性の傍らにいる男性から発せられているものだと解った。(こ…これは酷いっ…!体臭が公害だわっ)久し振りに遭遇した悪臭に私はよろけながら春菜に耳打ちした。『す…すみません…ちょっとつきあたりに…』『…解った』私はなるべく自然な流れで売り場から離れて行った。ちなみに【つきあたり】とはデパート業界用語で【トイレ】の事だ。「はぁ…は...

わがままな芳香 3話

あれはかれこれ三年ほど前の事──入社して一年が経った頃のある夜、私はひとりの男と知り合った。其の夜、知り合いのお店に飲みに行く途中の繁華街の路地裏で男が項垂れて座り込んでいるのを見つけた。私は一度其の男の横を素通りした。けれど不意に香った匂いに胸がドキンと高鳴った。其れは今までに出逢った事のないまさに私の理想とする匂いだった。慌てて男の元に戻った私は恐る恐る男に話し掛けた。すると男がのっそりと顔を上...

わがままな芳香 4話

「……はぁ~~疲れたぁ~」「そりゃそんな大きな猫を被っていたら疲れるでしょうね」「…」全くの嘘ではないけれど改めて云われると絶句してしまう。「其れで?どうするの?」「どうするって…何が」「駿河さん。あれはかなり本気だよ、芳香に」「…だよねぇ」「もういいじゃん、付き合っちゃいなよ」「簡単に云うけどさ…私が駿河さんに釣り合う様な女だと思う?」「まぁ…見てくれはいいからつり合いは取れるとは思うけど…性格がねぇ~...

わがままな芳香 5話

終業時間を迎え、私はロッカーに入れていた携帯を確認した。(あ)駿河さんからメールが届いていて其処には例によって食事に行かないかという誘い文句が書かれていた。(食事…かぁ)昨日の事もあって出来れば気を使う食事はしたくないと思った。【すみません、明日朝早くに実家に帰るための準備があるので今日は帰ります】と嘘の返信をした。すると直ぐに【そうなんだね。事情も知らず誘ってすみませんでした。また今度お誘いしま...

わがままな芳香 6話

カランカラン「いらっしゃい──って、なんだ芳香か」「なによぅ、お客様に対して其の態度は」「客っていうのは飲んだ分きちんと金を払う人の事を云うんだ。だからおまえは違う」「失礼な、1杯分は払っている。残りはあんたの奢りでしょ」「はぁ?!奢った覚えなんてねー!」軽口で私を迎えたのは大学時代の友人でバーのマスターでもあるケイスケだ。「しっかし久しぶりじゃん。元気だったか?」「元気…じゃないかなぁ…まぁ色々ある...

わがままな芳香 7話

「またなー気を付けて帰れよ~」金払いのいい今日の私に対してケイスケは機嫌よく店から送り出してくれた。後半、かなりなハイペースで飲んだ割りには全然酔えなかった。(其れってやっぱり…やっぱり…っ)厭な汗が流れる。考えれば考える程、酔いとは別の気持ち悪さが湧いてくる。「…っう」急に込み上げて来た吐き気に思わず路地裏に飛び込んだ。「~~~っ」酔っていない、大丈夫だと思っていたのは店の中の事だけだったみたいで...

わがままな芳香 8話

「なんであの日、いきなりいなくなったんですか」「…だって…あんたがまさか…まさか15歳…だったなんて知らなかったからっ」「…」三年前のあの日、行為を終え私がシャワーを浴びている間に寝てしまっていた彼のズボンから落ちていた手帳を見つけて私はギョッとした。其れはとある高校の生徒手帳で、其処には今目の前にいる男の顔写真と誕生日と年齢が書かれていた。「まさか…そんな子どもだったなんて知らなくて…途端に怖くなって…」...

わがままな芳香 9話

──弱みを握られた私の進むべき道はたったひとつしかなかった 「あぁんっ!あんあんっ」「ははっ…すっげぇ相変わらず淫乱だなぁ」「…っ」理想の男だと思っていた彼はとんだ二重人格者だった。「なぁ芳香、俺はな今度あんたに逢ったら滅茶苦茶にしてやるんだと思って散々場数をこなして来た」「はぁあ…あっ」「大して好きでもない女でもヤラせてくれるって云い寄って来る女は片っ端から抱いて来たんだ」「んんっ…あ、あぁ」「厭...

わがままな芳香 10話

「…んっ」少し肌寒さを感じ、身震いで目が覚めた。「……」茫然としながら目に入る景色を眺めていた。微かに聞こえるのはシャワーの水音だった。(…あぁ、シャワー浴びているのか)ベッドには全裸のままの私に薄い毛布が掛けられていた。(これって三年前の逆…ね)あの日は彼がベッドに寝ていて、私がシャワーを浴びていた。寝ている彼の本当の姿を知り、私は其のまま彼を置いて逃げ出した。(…今日は私が置いて行かれるのかな)何と...

わがままな芳香 11話

「か…彼女?!」「そうだ。今日からあんたは俺の彼女だ。これは決定事項」「ちょっと待ってよ、なんでいきなりそんな事にっ」「責任取れって云った」「!」思わず彼に詰め寄った私に事もなげに投げ掛ける言葉。「あんたは15だった俺の気持ちを踏みにじった」「踏みにじっただなんて…だって…あんたは15で…私は23で…」「だから何?俺は最初芳香が声を掛けてくれた時から好きだったよ」「 !」「好きだったからホテルに行って抱...

わがままな芳香 12話

「…ごめんなさい」「え」「私、あんたとは付き合えない」「…」「三年前…初めてあんたと逢った瞬間に感じた好き、という気持ちに偽りはなかったけれど…だけど今はもう其の時の気持ちが本当だったのかどうか…解らない」「…」「其れに私…他にも告白されている人がいて…其の人との事もあって気持ちがハッキリしていない」「…」「だからそんな不確かな気持ちのままであんたとは──」「何云ってんだよ」「……へ」急にガッと手首を掴まれ其...