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2017.03.23 (Thu)

偏食の王子様 1話



其れはある日突然私の身に降りかかった。


「もういい!」
「えっ」
「もううんざりだ、ついて行けねぇよ」
「…其れって」
「おまえとは別れるって事!──じゃあな」
「! ちょ…ま、待って──」

私の呼び止める声も聞かずに彼は足早に去って行った。




「…」


(…なんで…こんな事になったの?)


私は…彼に良かれと思って…ずっと…ずっと…


「…嘘…でしょう?」


行楽客で賑わう公園のベンチにて、私は力無く其の場に座り込んだのだった──





私は井上 来未(いのうえ くるみ)

大手食品メーカー会社が経営するチェーン店のお弁当屋さんでパートとして働いている20歳。

なんの取り柄も特技もない私が唯一好きで頑張れた事は料理──だった。

調理師専門学校を卒業後、飲食店に勤めたものの人間関係で悩み、挙句胃潰瘍を患いやむを得ず三ヶ月で退職。

以来、濃い人間関係が必要となる正社員になる事を避け、バイトやパートという形で働いていた。

メンタル面の弱さから自然と健康面を気にする様になり、作る料理は華やかさの欠片もない地味な茶色い料理が多くなった。

当然付き合っていた彼とのお弁当持参のデートや、彼の家で料理を振る舞う際にも其れは活かされたのだけれど──


『なんでいつも茶色い飯ばっかなんだよ!』
『牛じゃねぇんだから草ばっか食っていられるか!』
『肉っていったら牛だろう!いい加減ささ身とか鶏ミンチとかうんざりなんだよ!』

付き合い始めた頃、私の作る料理を『おふくろ料理みたいでなんか懐かしいんだよな』と喜んでくれた彼は、付き合いが長くなるにしたがって文句と不満しか云わなくなった。

そしてとうとう、今日の公園デートのお弁当を見て『おまえはオレのために美味いものを作ろうという気持ちが全くないんだな!』という言葉に始まり、私に対する至らぬ点を散々喚いて、そして去って行ったのだった。


「…厭きられてしまったって事…か」

膝に置かれているお弁当箱を見つめながら呟く。


彼とは専門学校の時に知り合って、少しずつ仲良くなり彼から告白されて付き合い始めた。

『井上さんの作る料理って、なんか家庭的でいいなと思っていた』

そう云われ私はとても嬉しかった。

今まで男の人とまともに喋った事も付き合った事もなかった私にとっては、色んな意味で初めての彼だった。


──其れなのに…


「…うっ」

私は私なりに精一杯頑張って来たつもりだった。

料理に関してだって彼の事を思って、彼には健康でいて欲しいという気持ちからいくら文句を云われても作る料理を変えはしなかった。

彼によかれと思ってやって来た事だった。

いつか私の其の気持ちは彼に伝わる。

ずっとそう思って来たのに…


(だけど其れではダメ、だったの?)


止め処なく流れる涙を拭う事も忘れ、ただ私は付き合って一年ももたなかった初めての彼との事で頭がいっぱいだった。


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2017.03.24 (Fri)

偏食の王子様 2話



彼の事以外何も考えられずしばらく公園のベンチでボーッと座り込んでいた私は、すっかり陽が暮れている事にようやく気が付いた。


「あ…か、帰らなくっちゃ…」

私はのっそり立ち上がりヨタヨタと歩き出した。


行きは彼の車で来たこの緑地公園だったけれど、其の彼はもういないのだ。

本当なら今夜は彼の家にお泊りの予定だった。

少し大きめのバッグにお泊りグッズも入っている。

だけど今の私には其れはただの重たい荷物にしかなっていなかったのだった。





緑地公園の最寄り駅まであともう少し──という処で、何か丸い物体が私の目に飛び込んで来た。

(…あれ…なんだろう)

道路の端にある大きな石の上に其れはあった。

生憎其の場所には街灯がなく、陰になっていたために其れが何か良く解らなかった。

私は恐る恐る其の場所を通過した。


──瞬間


「!」

いきなり石の上にあった物体がゴロンと私の行く先に転がった。

「なっ、何っ!」

驚いた私は慌てて携帯の仄かな明かりで其れを確認した。

「え!」

其の物体はなんと人──子どもだった。

「ちょ、ちょっと!僕、大丈夫?!」

私は慌てて其の子を抱き起こした。

「…うっ」

男の子は薄っすら目を開け、ジッと私の顔を見た。

暗くてよく見えないけれど、傷とか痣とか、そういった外傷は見当たらなかった。

「ねぇ、大丈夫?!今救急車を──」

携帯で119番を押そうとした私の手は男の子によって止められた。

「え」
「きゅ、救急車…呼ばないで…」
「で、でも…」
「大丈、夫…ただの──」

男の子の言葉はいきなり聞こえた「グゥゥゥゥゥ」という大きな音で掻き消された。

「え!な、何」
「……僕の…お腹の音…です」
「へっ?!」

私は思わず男の子の顔を凝視してしまった。

「あの…僕…じゅ、塾の帰りで…親が車で迎えに来てくれるのを待っていたんですけど…お腹が…空き過ぎて…」
「塾…迎え…」

男の子の言葉を受け、周りを良く見渡せば少し先にある緑地公園駅前周辺にはいくつかの進学塾の光る看板が見えた。

「どうしてこんな処で?もっと明るい駅の方で待っていればいいのに」
「駅周辺は…車の出入りが多いから…混雑を避けるために少し離れた此処でって…」

あぁ、そういう事かと妙に納得した。

そして改めて男の子を見れば、如何にも健康優良児みたいなぽっちゃり体型をしていた。

其の体型とこんな時間まで塾で勉強をしていてお腹を空かせていたという関連から導き出された答えが、先ほどの行動だったのだと思ったらとても可哀想になってしまった。


「あ、そうだ!」

私はバッグからお弁当箱を取りだした。

保冷バッグに入っていたお弁当の様子を見て、まだ大丈夫だと確信した上で私は其れを男の子に渡した。

「え、な、なんですか」
「私が作ったお弁当なの、よかったら食べて?」
「…えっ、いえ…いらない、です」
「あ、大丈夫、傷んでいないからお腹、壊さないよ」
「そ、そういう事じゃなくて…」
「だってお腹空いているんでしょう?倒れちゃう程に」
「…」
「親御さんが迎えに来るまで其れを食べて空腹を凌ぐといいよ」
「…」
「本当は迎えに来るまで一緒に待っていてあげたいんだけど…電車の時間が結構際どいんだよね」
「あ、いいです!もうすぐ来ると思うし」
「そう?じゃあ其れ食べて頑張って待っていて」
「…」
「じゃあね」
「──あ」

携帯で確認していた電車の発車時間が迫っていると焦った私は、其の男の子に無理矢理お弁当箱を渡して其の場を後にした。


そして


別れと出会いが同じ日にあったこの日を境に、私の運命は大きく変わる事になるのだった──


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2017.03.25 (Sat)

偏食の王子様 3話



彼と別れたあの日以来、私は仕事場と家を行き来するだけの空虚な毎日を送っていた。


「来未ちゃん、海苔弁なのに肝心の海苔を乗せ忘れちゃうなんてダメでしょうが!」
「あ、ご、ごめんなさい!」

注意力も集中力も散漫になっていて、同じパート従業員のおばちゃんによく怒られるようになった。


「来未ちゃん、まーだ振られた彼氏の事気にしてんの?」
「う…!そうズバッと傷を抉らないでください、佐藤さん」
「あんたまだ若いし其れなりに可愛いんだからさ、そう悲観的にならないの」
「…慰めありがとうございます、服部さん」

同じ時間帯で働いている主婦パートの佐藤さんと服部さんは、サバサバしていて云いたい事をハッキリと云う。

だけど裏表がない分其の素直な言葉を厭だな、と思う事は事はなかった。



「はぁ…」

正直しばらくは恋愛から遠ざかっていたいなと思った。

また新しく誰かと出逢って、恋になって、告白をして付き合う──そういう流れが今の私にはとても面倒くさい事の様に感じて仕方がなかった。

(よし!今は仕事に生きる!)

とりあえずそう決意したものの、生涯をかけるほどの仕事をしていない今の自分の現状に気が付き嘆く私だった。




そんな鬱々と過ごしていたある日の事。

「井上さん、ちょっといいかな」
「はい、なんですか店長」

珍しくお店にいた店長に呼ばれて私は事務所に来ていた。

「申し訳ないんだけどね、井上さん、今日限りでこの店、辞めてもらってもいいかなぁ」
「………は?」

店長からのいきなりの宣言に一瞬固まった。

頭の中が真っ白になって、続く言葉が発せない状態でいると

「あ!いや、云い方が悪かったかな──実は井上さんには別の店舗に異動して欲しいって事なんだけど」
「…えっ、異動?」
「そう。此処の本店からの辞令で井上さんを雇いたいって店舗があるみたいで、其の通知が来ているんだよね」
「本店からの辞令?な、なんで私みたいなしがないパートに?」
「んー其れはボクにも解らないんだよね。いつか本店が抜き打ちで視察に来ていた時に井上さんの働きっぷりに目を止めていたのかも知れないし…」
「…」

そんな事があったのだろうか?と首を捻る。

「兎に角、どうだろう?本店直々の通達なんだけど」
「…」


しばし考えたけれど、このタイミングで異動の話が来たのは何かしらの転機の合図かも知れない。

そう勝手に思い込んだ私は其の異動を受ける返事を店長にしていた。

私を必要としてくれる場所があるのなら、私は其れに応えたいと思った。

今のこのタイミングだからこそ私は頑張ってみようという気持ちになったのだった。


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2017.03.26 (Sun)

偏食の王子様 4話



「──え…こ、此処?」


別店舗の異動を命じられた私は、数日後指定された場所に来ていた。

来て──いたのだけれど…


「此処は…何店?」

私の目の前に広がっているのは大きなお屋敷だった。

どう見てもチェーン店のお弁当屋さんという店舗じゃない。

どちらかといえば教科書で見た事のある鹿鳴館みたいな西洋のお屋敷だった。


「あれ…?もしかして住所、間違えちゃったかなぁ」

戸惑いつつ、大きな門の前でウロウロしていると、いきなりギィィィーと金切り声を上げて門が開いた。

「えっ」
「──いつまで其処でウロウロしているつもりですか」
「!」

 私の前に現れたのは黒いスーツ姿の造形の美しい男の人だった。

(ひやぁぁぁぁ、イケメン!)

普段見慣れない美形の登場に私の顔は一気に熱を帯び真っ赤になった。

しかし其の赤みは、男の人の機械的な物云いによって赤から青に変わった。

「一社会人のマナーとしてこういう場合、目的地に着いたら次は呼び鈴を鳴らすなどの素早い行動に移るものだと思うのですが」
「! あ…あの…そ、そうですね…」

其のもっとな意見に戸惑いながらも肯定したけれど

(建物の第一印象が私のイメージと符合する場所ならばそうしていた!)

──と反論したかったが…

(なんだかそんな事、とても云える雰囲気じゃない~~)


「今のあなたの行動は不審者として警備員に通報されても文句が云えないものですよ」
「…はぁ」
「全く…一社会人ならばもう少し大人らしいきちんとした行動をしたら如何ですか」
「…」

初見、イケメンだと認識した其の男の人は、徐々に私の中でイメージを変えて行った。

(なんで私、初対面の人にこんなにボロクソ云われてるの?)

訳の解らないまま一方的にグチグチ文句を云われて段々腹が立って来た。

文句のひとつでも云ってやろうと思ったのだけれど──

「さぁ、入りなさい。此処が正真正銘あなたの新しい職場です」
「え」

其の衝撃的な言葉に、云いたかった事は全て吹き飛んでしまった。


(嘘…嘘、でしょう?!)

男の人の後について広い屋敷内を案内されている今、どう考えても此処はお弁当屋さんという雰囲気ではない事が確信的になっている。

(なんで…どうして私、此処にいるの~~)

全く訳の解らない状態が続く中、辿り着いたのは応接間みたいな広い部屋だった。

「其方にお座りなさい」
「…はぁ」

(お座りなさいって…犬じゃないんですけど)

勿論そんな反論が云える訳もなく、黙って豪華なソファに腰かけた。

(うわっ、フカフカ!お尻が沈むっ)

少し居心地の悪そうな仕草をしている間に、私の前にあるテーブルの上に男の人は紙切れを置いた。

「其の書類を読んで、下の署名欄に名前を記入して下さい」
「記入?」

渡された書類にざっと目を通した私は、其処に書かれていた内容に目が飛び出るほど驚いたのだった。


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2017.03.27 (Mon)

偏食の王子様 5話



テーブルに置かれた書類にはギッシリと細かく雇用条件が書かれていた。

其の細かすぎる雇用条件などの文言は今、この場でハッキリと読み解く事は出来なかったけれど、大まかな事は頭に入った。


つまり──

此処は私が勤めているチェーン店のお弁当屋の大元である大手食品メーカーの創始者一族が住まう、矢羽々(やはば)家だという事。

私はこの屋敷の厨房で、矢羽々 樹生(やはば たつき)なる人物専用の食事を作る料理人として雇われた事。

朝昼晩、365日毎日の事なので屋敷に住み込む事が必須条件となる事。

決まった休日はないけれど料理を作る時間以外は基本自由時間となる事。

給金は月に決まった額が支払われるが其の他にも様々なボーナス手当がつく場合がある事。


「…なんですか、これ」
「日本語が理解出来ないのですか」
「! そんな訳ないでしょう?!私が云っているのは──」
「…」
「あっ」

思わず声を荒げてしまい(しまった)と思った。

(この人が何者か解らない今、慎重に言葉を発しなければいけないのに)

解らない事ばかりでつい感情的になってしまった。

少し俯き、次に云うべき言葉を選んでいた。


「構いませんよ」
「え」
「どうぞ普段のあなたの話し方で私に意見を述べてください」
「…」
「どの様な不躾な云い方をされても、あなたを解雇するという事態にはなりませんから」
「!」

其れは既にこの雇用は決定事項だと云われた気がした。


こんな訳の解らない状況でおかしな条件を突きつけられて…

(其れでも私には拒否権がないというの?)


「…」
「どうしました」
「…きちんと説明をして下さい」
「なるほど、そうですね。事は順序立てて説明する必要があります」
「…」
「まずは私の自己紹介をしておきましょう。私はつい半年前、父の跡を継いでこの矢羽々家の筆頭執事に就任した御門 時人(みかど ときひと)と云います。主な仕事はこの屋敷内に関する雑務ですが、メインとなる業務は若君のお世話です」
「若君?」
「矢羽々家のご長男であり、矢羽々グループの次期総帥になられる樹生様です。樹生様の事は基本『若』とお呼びする様に」
「樹生様って…あの、私が食事の世話をする…という?」
「えぇ、若たっての希望であるが故、この様な事態になっています」
「希望?!な、なんで?私、其の樹生…わ、若という方には逢った事も喋った事も──」
「お逢いになっているはずです。あなた、数週間前小太りの子どもに弁当を渡したでしょう?」
「…小太り…弁当……って───あっ!」

まさか まさか…

(彼に振られたあの日の夜に逢った、道端に倒れた空腹の子ども──?)

「思い当りましたか?」
「…え、えぇ」
「其の子どもが若です──現在小学6年生の若があの日食べたあなたの弁当にいたく感激いたしまして、是非自分の食事係にしたいと私に懇願したのです」
「ちょっと待ってください!なんで私だって解ったんですか?!私、其の…わ、若という人に名前を名乗っていませんでしたけど」
「弁当箱にご丁寧に名前が書かれていましたよ」
「───あっ」
「【5ー1 いのうえくるみ】という記載と、弁当に入っていたサラダドレッシングの小袋が矢羽々グループのチェーン店で働いている従業員のみが購入可能の商品だという2点からあなたの身元は早々に解りました」
「…」

(迂闊だった!)

小学生の時から使っていたお弁当箱だったから当時のままになっていた。

──しかもドレッシング!

(従事者価格で買えるお得な商品だから愛用していたのよ!)

そんな事から簡単に個人が特定されてしまうなんて、怖い!と思ってしまった。

「今回はたまたま善良な我々の手に渡って事なきを得ましたが、あなた、万が一助けた男がとんでもない悪人だったらどうしますか」
「だ、だって子どもだったし…そんな悪人だなんて…」
「其の危機感のなさ。世の中を舐めていますね」
「…」

なんだか話の方向があっちこっちに飛び交ってしまって頭の中がごちゃごちゃしている。

(だけどつまり…)

あの日助けた男の子は私の勤めているお弁当チェーン店の会社社長の息子で、其の子が私のお弁当を気に入って自分の食事係にしたいがために私の事を調べて今回のこの流れになった…

(という事なの?!)


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