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2017.01.17 (Tue)

終の標 1話




───初めて出逢った時から彼は人のものだった




『初めまして、水瀬冬二郎です。よろしくね、莉世ちゃん』
『…』

彼、水瀬 冬二郎(みなせ とうじろう)は10歳上の姉、理代(りよ)の彼氏として紹介された。

『あれ、緊張しているの?大丈夫よ、大きくても怖くないから』
『えっ!や、やっぱり見た目で怖がられているのかな…俺』
『そりゃ10歳の子から見たら冬二郎の背の高さは脅威でしかないでしょう』
『そ、そっか…』

『…』

(うん…)

初めて見た時はすっごく驚いたの。

だってすごく背が高くてひょろ長いのに顔がちいさくてクラスの男子とは全然作りが違う男の人だったから。

でもね

(目が…)

お姉ちゃんを見つめる目がすっごく優しくて色っぽくて……

私はそんな彼に見惚れてしまった。

そして

───これが私の初恋の始まりだった














「おい、莉世」

「…」

「そろそろ起きろよ、時間だ」

「…ん」

緩く肩を擦られた反動で目が覚めた。


「…」


(…やだ、昔の夢、見ていた)

夢と現の狭間でぼんやりとしているといきなり掛け布団を剥がされた。

「! ちょ、ちょっと」
「あのさぁ、其の癖どうにかなんないの?」
「え」
「セックス終わった途端に爆睡するってーの」
「…」
「初めはイッた瞬間で気でも失ってんのかなとか思っていたけどさ、違うよな」
「…」
「其の爆睡って厭な事から逃げる為の現実逃避なんだろう」
「…」
「つまりはオレとのセックスは苦痛でしかないって事なんだよな」
「……だから何よ」
「おっ、開き直った」
「ちゃんと行為中は応えてやってるんだから文句ないでしょう?!終わった後私がどうなろうがあんたには関係ないじゃない」
「…」
「そんな事を云うならあんたとは付き合わない。もうこれっきり──」
「馬鹿か、おまえは」
「!」

いきなり手首を掴まれ其のまま起きたばかりの体をベッドに縫い付けられた。

「そんな生半可な惚れ方してんじゃねぇんだよ、オレは」
「…」
「やっと手に入れた女なんだからな、おまえは。絶対に手放さないってーの」
「…」
「莉世、オレの事本気になれよ!」
「…」
「なってくれ!」
「……時間」
「あ?」
「時間、もうないんでしょう?支度させてよ」
「…」

休憩3時間で入ったラブホテルで繰り広げられるこんな光景は私にしたら今に始まった事ではなかった。


(はぁ…私、なにやってんだろう)

こんな世の中に生きていたって何ひとつ幸せな事なんてないと思っている私。

(どうしてこんな風になってしまったんだろう)


───其の理由は私自身が解り過ぎる程に解っている



私、芳崎 莉世(よしざき りせ)は20歳にして人生を儚み、生きる標(しるべ)を見失ったまま見えない終(つい)に向かってただ自暴自棄に生きている最中だった。

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2017.01.18 (Wed)

終の標 2話



冬の夕暮れはあっという間に終わる。

(まだ19時前なのにな)

ホテルを出た時はまだ薄明るかった空が、自宅に着く頃にはすっかり暗くなっていた。


「あ、莉世ちゃん」
「!」

自宅の門に手をかけた時、後ろからかけられた声にドキッとする。

「今帰り?偶然だね」
「…冬二郎さん」

紺のスーツを身にまとった冬二郎さんは何処からどう見ても真面目な公務員風貌だ。


「──あれ、莉世ちゃん、お風呂上がり?」
「えっ」

いきなり私の傍にまで来てクンッと鼻を鳴らした。

「風に乗って石鹸のいい匂いがしたから」
「…」
「って、ご、ごめんね!俺、今おやじみたいだった?ごめん、本当にごめん!」
「…ホテル行ってたから」
「え」
「ホテルでシャワー浴びたから其のせいだよ」
「え… ! あっ、そ、そっか」
「…」

(別に隠すほどの事じゃない)


───冬二郎さんにどう思われたってもう関係ないんだから


「あの、莉世ちゃ──」
「早く入ろう?いつまでもこんな処にいたら凍えちゃう」
「あ…あぁ」

冬二郎さんの言葉を遮って私は先に家の中に入った。

少し困惑の表情を浮かべながら冬二郎さんも私に続いた。



「ただいま」

「…ただいま」

私が帰宅の挨拶をしたほんの数秒後、冬二郎さんも挨拶をする。

すると

「おかえりなさーい、りせちゃん、パパぁー」

勢いよく廊下を走って来るのは姪の里緒(りお)だ。

「ただいま、里緒」
「パパ、お風呂一緒に入ろ?」
「晩ご飯は?もう食べたのか」
「うん、おばあちゃんと一緒に食べた。だから一緒に入ろうー」
「そっか、解った」

「…」

冬二郎さんと里緒のやり取りを横目で見ながら私はそそくさとリビングに入った。

「あら、お帰りなさい。今日は早いのね」
「うん…」

リビングでテレビを観ていた母が私の方を見て話しかける。

「ご飯は?」
「要らない」
「食べて来たの?」
「…うん」
「本当に?」
「…」

こんなやり取りはもはや日常茶飯事。

母は私の嘘には敏感で、私が本当の事を云っていないんだという事はちゃんと解っているんだという雰囲気を醸し出す。

「りせちゃん、ダイエットしてるの?!」
「!」
「ご飯はちゃんと食べないと駄目なんだよー」
「里緒…」

リビングに入って来た里緒と冬二郎さんに気が付いて少し気まずい気持ちになった。

「えっ、ダイエット?莉世ちゃんが?全然太っていないのに?」
「…」
「ないよねーりせちゃん、スタイル抜群だよ!だからご飯食べようよー」
「食べて来たから要らないの!じゃあね」

居た堪れなくなった私はサッサとリビングを出て二階の自室に駆け込んだ。

ボスンッと倒れる様にベッドにうつ伏せになる。

(あぁ…なんで今日に限ってこんな…)

母や里緒、そして冬二郎さんに対して今日みたいな態度を取る事なんて滅多になかったのに。


『──あれ、莉世ちゃん、お風呂上がり?』


全てはあの冬二郎さんの言葉からだ。

まるで悪い事をして来たのを見つかった時の様な気まずい気持ちが私の心を覆い尽くして、其れを隠す様に薄っぺらい虚勢を張る。

「…私…最悪」

自分の不機嫌さを周りに当たり散らすなんて最低だと、何度も自分自身を責めている内に次第に瞼は重くなり、深い眠りに入って行ってしまった。

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2017.01.19 (Thu)

終の標 3話



『莉世、お姉ちゃんがお母さんになるよ』
『え…』

母から訊かされた其の言葉は一瞬にして私の全身体機能を停止させた。


大学卒業間近の姉が出来ちゃった結婚をすると訊かされた時、12歳だった私の胸にはとてつもない大きな哀しみが湧き上がった。

姉の結婚相手は勿論──

『本当に申し訳ありません!』
『何を謝るの?冬二郎さん。おめでたい事なんだから…頭を上げて?』
『そうよ、私が欲しいって望んで出来た子じゃないの』
『理代…』
『亡くなったお父さんもきっと喜んでくれているわ、理代の結婚と妊娠。ただ…お嫁に出すのは少しだけ寂しいなと思うんだけどね』
『お母さん、其の事なんだけどね』

『…』

母と姉、そして冬二郎さんの三人のやり取りを遠目で見ていた。

元々姉と冬二郎さんは大学卒業と同時に結婚する事になっていた。

だから赤ちゃんが出来たって別に悪い事でも何でもないと、そういう雰囲気に包まれていた。

ただ…

(赤ちゃんって…其れって)

思春期に突入するかしないかの12歳の多感な時期の私にとっては色んな意味でドキドキする出来事だった。

どうしたら赤ちゃんが出来るのか。

赤ちゃんを作るにはどうしたらいいのか。

其の行為の名前だけは知っている。

赤ちゃんが出来る仕組みも学校で習った範囲での知識では知っている。


(冬二郎さんとお姉ちゃんは…したって事?)


具体的な行為は知らないのに、何故か姉と冬二郎さんの其の場面を想像してひとり胸が苦しくなって仕方がなかった。


結局冬二郎さんは、父がいない芳崎家の婿養子として姉と結婚した。

うちは姉妹ふたりだけなので、どちらもお嫁に行くと芳崎家は無くなる事になる。

其れを厭がった姉が冬二郎さんに婿養子になって欲しいと頼んでいたそうだ。

冬二郎さんは其れをふたつ返事で了承した。

冬二郎さんには兄と弟がいたので、ひとりくらい婿養子に行っても構わないという水瀬家の後押しも話をこじらせなかった理由のひとつになった。


そんな訳で姉と冬二郎さんの結婚は誰もが祝福するものとなったのだ。


───ただひとり


私ひとりを除いては…


『莉世ちゃん、これからよろしくね』
『…』
『莉世、冬二郎の事お義兄ちゃんって呼んでいいのよ?怖くないから』
『えっ、ま、まだ怖いのかな…俺の事』
『ふふっ、慣れよね、こういうのって』
『…』

冬二郎さんとまともに目を合わせない私の事を姉は怖がっていると思い、冬二郎さんは怖がられていると思っていた。

だけどそんなんじゃない。

私が冬二郎さんと目を合わせないのは…

(もうこれ以上好きになりたくないから)



初めて逢ったあの日から二年。


私はずっと冬二郎さんの事が好きで…好きで…

其の気持ちはずっと変わらずに持ち続けていたのだった───

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2017.01.20 (Fri)

終の標 4話



コンコン


「…ん」

『莉世、起きてる?』

「…」

『朝ご飯、食べなさい』

「…」

部屋の外から聞こえた母の声とカーテンの隙間から零れる光で朝なんだと思った。

「……はぁ」

のっそり起き上がった私はしばらく呆然とする。

(あのまま寝ちゃったのか)

ラブホ帰りを冬二郎さんに気づかれてからなんとなく気まずくて其のまま晩ご飯も食べずに寝てしまった。

「…あ」

チカチカ光っている携帯が目の端に入って来て手に取る。

「…」

其処にはいつも通りの友人たちのLINEやメールに雑じって、彼からの着信も何件か入っていた。

(マナーモードにしていてよかった)


今付き合っている彼、木本 敦(きもと あつし)から、昨夜から今朝にかけて5回ほど着信があった。

他にもメールにLINE。

お決まりの様に何通も届いていて、其の名前を観るだけでうんざりした。


(なんだかなぁ…本当独占欲、強い)


敦とは美術大学の同じ研究室に所属した縁で知り合った。

其処で一方的に好意を持たれ、度重なる『好きだ、付き合ってくれ』攻撃を受けた。

最初こそいちいち『私は好きじゃない』『付き合えない』と応対していたけれど、其の内いい加減鬱陶しくなった私は渋々付き合う事を承諾したのだった。


(いつもこうだ)


中学の時から熱心に告白された相手と付き合い、そして自然消滅して行く交際を何度もして来た。

高校生になって初めてセックスした相手とも3ヶ月も付き合っていない。

浅い付き合いの男も入れると今までに両手では収まらない程の人数と付き合って来た。


最初は好きだからと熱心に口説かれていても、私がいつまで経っても心を開かないから次第に相手も熱が冷める。

短期間で別れる。

其れの繰り返し。


誰も彼も私の心を揺さぶる程に愛してはくれないから…

だから私はいつも恋愛にのめり込めないのだ。


(…ううん、違う。多分、悪いのは私)


私が人を愛せないのだ。


───あの人以外の男を、全然愛する事が出来ないでいるのだ


自分自身、解りきっている程に解っている。

好きでもない男と付き合ったって長続きなんかしない、するはずがない。

だったらそんな事、止めればいいのに…


───でも其れすら出来ない


本当に好きな男が手に入らないなら、別に愛する男を見つけなくてはいけないのだ。


(じゃないと私は──)



『りせちゃーん、起きてるぅー?』

「!」

『りおとご飯、食べようよー』

「…」


部屋の外から聞こえる里緒の声に我に返り、私はそっとベッドから立ち上がったのだった。

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2017.01.21 (Sat)

終の標 5話



「おはよう、りせちゃん」
「おはよう、里緒」

部屋から出ると里緒がちょこんと立っていた。

「もう元気?」
「え」
「昨日、りせちゃんちょっと元気がなかったんだよね?だからお風呂にも入らないで寝ちゃったんだよね?寝たからもう元気?」
「…」
「まだ元気じゃない?」
「…ううん、元気だよ」
「本当?よかったぁー」

パッと明るい笑顔になって里緒は私にバフンと抱き付いた。

「里緒、心配させてごめんね」
「ううん、ううん!」

グリグリと私の体に顔を埋めて左右に振っている里緒の頭をそっと撫でた。

(8歳の子どもに気遣われるなんて…)

情けないな、大人気ないなと思った。



「おばあちゃん、りせちゃん起きたよーご飯食べるってー」
「あらそう」

キッチンに立っている母に向かって里緒は嬉しそうに云った。

そして母が里緒から私に視線を移すと

「おはよう」

そう、いつもと変わらない朝の挨拶を私にした。

「…おはよう」

少し気まずいなと思いながらも、私は母の挨拶に応えた。

そそくさとリビングに行くと、自然と隣の和室の方に目が行ってしまった。

(…あ)

和室の隅に置かれている仏壇に向かって手を合わせている冬二郎さんがいた。

其の後ろ姿からも真剣な様子が窺えて、何故か其処から目が離せなくなっていた。


「莉世ちゃん?」
「!」

不意にかけられた声に我に返った。

「どうしたの?まだ気分、悪いの?」
「あ…ううん」

冬二郎さんが心配そうに私の顔を覗き込もうとしたので、其れを避けるために私は冬二郎さんと入れ替わる様に仏壇の前に座った。

「あ、りおもおまいりするー」

私の姿を見つけた里緒がそそくさと仏壇前に来て隣に座った。

「りせちゃん、りおがおりん鳴らしてもいい?」
「うん」

チーン

里緒のちいさな手から鳴り響く鈴(りん)の音が今日は一際深く胸に響いた。

そっと手を合わせて目を伏せる。

「おじいちゃん、ママ、今日もりおは元気です」
「…」

目を瞑って間近に聞こえる声に胸が痛くなった。


「おばぁちゃーん、おまいりしたよー」

フッと隣から里緒のいなくなる気配がして、私は瞑っていた目を開けた。

「…」

目の前に置かれている写真立てはふたつ。

ひとつは私が物心つく前に事故で亡くなった父の写真が入っている。


───そしてもうひとつには


(…お姉ちゃん)


冬二郎さんと結婚して里緒を産んだ姉、理代の眩しい程の笑顔の写真が収まっていた。

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