終の標 1話

───初めて出逢った時から彼は人のものだった『初めまして、水瀬冬二郎です。よろしくね、莉世ちゃん』『…』彼、水瀬 冬二郎(みなせ とうじろう)は10歳上の姉、理代(りよ)の彼氏として紹介された。『あれ、緊張しているの?大丈夫よ、大きくても怖くないから』『えっ!や、やっぱり見た目で怖がられているのかな…俺』『そりゃ10歳の子から見たら冬二郎の背の高さは脅威でしかないでしょう』『そ、そっか…』『…』(うん…)初めて...

終の標 2話

冬の夕暮れはあっという間に終わる。(まだ19時前なのにな)ホテルを出た時はまだ薄明るかった空が、自宅に着く頃にはすっかり暗くなっていた。「あ、莉世ちゃん」「!」自宅の門に手をかけた時、後ろからかけられた声にドキッとする。「今帰り?偶然だね」「…冬二郎さん」紺のスーツを身にまとった冬二郎さんは何処からどう見ても真面目な公務員風貌だ。「──あれ、莉世ちゃん、お風呂上がり?」「えっ」いきなり私の傍にまで来て...

終の標 3話

『莉世、お姉ちゃんがお母さんになるよ』『え…』母から訊かされた其の言葉は一瞬にして私の全身体機能を停止させた。大学卒業間近の姉が出来ちゃった結婚をすると訊かされた時、12歳だった私の胸にはとてつもない大きな哀しみが湧き上がった。姉の結婚相手は勿論──『本当に申し訳ありません!』『何を謝るの?冬二郎さん。おめでたい事なんだから…頭を上げて?』『そうよ、私が欲しいって望んで出来た子じゃないの』『理代…』『亡...

終の標 4話

コンコン「…ん」『莉世、起きてる?』「…」『朝ご飯、食べなさい』「…」部屋の外から聞こえた母の声とカーテンの隙間から零れる光で朝なんだと思った。「……はぁ」のっそり起き上がった私はしばらく呆然とする。(あのまま寝ちゃったのか)ラブホ帰りを冬二郎さんに気づかれてからなんとなく気まずくて其のまま晩ご飯も食べずに寝てしまった。「…あ」チカチカ光っている携帯が目の端に入って来て手に取る。「…」其処にはいつも通り...

終の標 5話

「おはよう、りせちゃん」「おはよう、里緒」部屋から出ると里緒がちょこんと立っていた。「もう元気?」「え」「昨日、りせちゃんちょっと元気がなかったんだよね?だからお風呂にも入らないで寝ちゃったんだよね?寝たからもう元気?」「…」「まだ元気じゃない?」「…ううん、元気だよ」「本当?よかったぁー」パッと明るい笑顔になって里緒は私にバフンと抱き付いた。「里緒、心配させてごめんね」「ううん、ううん!」グリグリ...

終の標 6話

───あの日の事は今でもはっきりと覚えている『芳崎さん、今すぐ帰る支度をしなさい』『え』小学6年生の時、4時間目が終わって給食の時間を迎えた其の時、いつも職員室にいる女の先生が教室に来て云った。『校門前に親戚の方が迎えに来ているから、急ぎなさい』『親戚…?』よく解らないまま帰り支度をして校門前に行くと、其処には冬二郎さんの弟の夏三(なつみ)さんがいた。『莉世、早く車に乗れ!』『え、夏三くん、どうしたの?...

終の標 7話

「いってきまーす」「行って来ます」「はい、いってらっしゃい」「…」小学校に行く里緒と役所勤めで出勤する冬二郎さんを母は玄関先で見送っていた。そんないつものやり取りをキッチンでもそもそと朝食を摂りながら私は聞いていた。産まれて直ぐに母親を亡くした姪の里緒は、同居する私の母が主に面倒を見て来た。勿論冬二郎さんも残された我が子を育てようと必死になっていたけれど、最初の半年間は突然愛妻を亡くした哀しみと不...

終の標 8話

「おい、莉世!」「!」少し重い足取りで大学に行くと、直ぐに敦に声を掛けられた。「おまえ、なんで電話に出ないんだよ!」「…ごめん、寝てた」「はぁ?んだよ、其れ」「家に帰ってからドッと疲れて朝までノンストップで寝ちゃったのよ」「またそんなウソついておまえは──」「嘘だと思うなら私の家族に訊いてみなさいよ、電話、掛けようか?」「…」ある意味真実の事を云っているのだから私にはなんの後ろ暗い処はない。そんな淡々...

終の標 9話

『莉世は初恋に真正面からぶつかっていないんじゃないの?』(真正面から…ぶつかる?)周子の言葉は衝撃的だった。「あのね、あたしずっと思っていたんだよ。莉世が男をとっかえひっかえする度に」「…」「莉世の中ではいいも悪いも初恋がちゃんと結末を迎えていないんだよ。だからすごく宙ぶらりんになっている」「…」「そりゃ、小学生の時やお姉さんが生きている時には告白なんて出来なかっただろうけど…でも今は違うでしょう?」...

終の標 10話

約束の時間はあっという間に来た。「いらっしゃいませ」カフェの扉にくっついている鈴がカランと鳴ったと同時に聞こえたスタッフの声に顔を上げると、其処には息を切らせながら店内に入って来た敦がいた。「悪ぃ、遅くなった」「そんなに待っていないから大丈夫」ハァハァと切れる息を整えている敦を見ていると、とても急いで来たんだなという事が解る。「今河の奴、全然講義を終わらせる気がなくてよーこっちは急いでるんだってガ...

終の標 11話

「別れるってどういう事だよ」「其のままの意味。もう敦とは付き合えない」「なんで!」「…好きな人に告白するって決めたから」「!」私が放った言葉を受け、敦は一瞬絶句した。「私、ずっと好きな人がいたの」「そ、そんなの、初耳だぞ」「だって云う訳ないじゃない。私の一番大切な想いよ」「! 誰だよ、其の好きな奴って」「敦に云う必要ある?」「ある!今はまだオレが彼氏なんだからよっ」「…」敦の云った『今はまだ』という...

終の標 12話

敦との別れ話は結局物別れに終わってしまった。(はぁ…なんだか厄介だなぁ)一旦は明るく浮上した気持ちだったけれど、其れはあっという間にドンッと押し戻された様な気になってしまっていた。薄暗くなった街中を家路に向かってトボトボ歩いていると「あれ、莉世ちゃん?」「あっ」家の近くのコンビニから丁度出て来た冬二郎さんに出くわした。「やぁ、最近よくバッタリ逢うね」「そ…そう、だね」冬二郎さんにニッコリと笑いかけら...