花筏の行方 1話

小さな桜の花びらがユラユラやがて水面の流れに乗ってひとつにまとまる其れは細長く形を成しまるで筏(いかだ)のようになる其の花筏(はないかだ)が行きつく先は…「関さん」「はい」「先日の学会での領収書を持って来ました」「ありがとうございます」「中には少し怪しいものもあるかも知れないんですけど…」「一度拝見してから後日連絡します」「すみません、お手数かけます」「仕事ですからお気になさらずに」少し申し訳なさそ...

花筏の行方 2話

佐野さんと初めて逢ったのは今から二十年前。大学のテニスサークルの一年先輩として紹介されたのが佐野さんだった。はっきりいって── 一目惚れだった。この世の中にこんな綺麗な男の人がいるだなんて信じられなかった。だけど先輩後輩として付き合って行くうちに徐々に佐野徹矢という人となりを知って行く事になる。類稀な其の美しい容貌通り、彼の周りにはいつも女が群がっていた。彼自身、来るもの拒まず去る者追わず精神の持ち...

花筏の行方 3話

「今日はデートの約束なかったの?」「は?ありませんよ、そんなもの」「そう。でも彼氏、いるんだよね」「…ご想像にお任せします」久しぶりに彼に誘われた。其れはいつからか私と彼の間で続いているごくたまにある一種の儀式的なものだった。「此処はね、秋穂と清次の三人で初めて飲みに来た店でさ」「そんな昔からあるんですか?老舗ですね」「でもそんなに古さを感じないだろう?」「えぇ。雰囲気、いいですね」「うん、いいん...

花筏の行方 4話

私の気持ちとは裏腹に恨めしい程の晴天に泣きたい気分になる。「う~腰、痛い…」昨夜から続いた激しい行為は今朝になって佐野さんが眠ってしまった事でようやく終わった。私は其の隙をついてサッサとホテルを出てやっと自宅に戻った処だった。シャワーを浴びている最中に体中にあった痣を見つけてギョッとした。(これ…キスマークなの?!)気が付かない内にあちこちに付けられていた様だ。昨夜の佐野さんは少しいつもと違った。い...

花筏の行方 5話

ピンポーン「…?」不意に鳴ったチャイム。(あれ、鍵持って行かなかったのかな)私は不思議に思いながらも玄関ドアを開けた。「どうしたの、壱矢。鍵忘れた──」「…いちやって誰」「!」其処にいたのは思い込んでいた人物ではなく、つい数時間前にホテルに置き去りにして来た人物だった。「なっ…!」「俺をホテルに置き去りにするなんて酷いよね。これでも結構傷ついているんだよ」「なんで…此処に…」「家の住所なんてちょっと調べ...

花筏の行方 6話

──こういう場面をいわゆる【修羅場】というのだろうか?(いや…違う、よね?)私は向かい合わせで座っている佐野さんと壱矢を交互に見た。そして其の光景は私の心の中にある種の感情を呼び起こして、其のまま涙となって流れた。「櫻子ちゃん、なんで泣いているの」「あっ」私の体にそっと触れた佐野さんの掌の暖かさに感極まった。其の瞬間「ちょ、あんた、なんで母さんに気易く触ってんだよ!」「── え」(あぁ…!云っちゃった…)...

花筏の行方 7話

佐野さんが高校生の時、付き合っていた女の子との間に出来た子ども。皮肉にも私が佐野さんに妊娠した事を告げようとした矢先、私は其の事実を知ってしまった。あの時の佐野さんは精神的にも逼迫(ひっぱく)していて、引き取った子どもとの事でいっぱいいっぱいになっていた。「そんな時に私が妊娠しただなんて…とても云えなくて…」「…」「もしかしたら佐野さんは私を抱いた事すら覚えていないのかも知れないのに…なのにあなたの子...

花筏の行方 8話(終)

「オ、オレの存在を忘れるんじゃない!」20年来の恋が実った瞬間の甘い雰囲気は、壱矢の罵倒で打ち破られた。「い、壱矢…」「なんなんだよ先刻から!オレがいるのにイチャつきやがってっ」「壱矢くん、いや、我が息子!」「はっ?!」いきなり佐野さんが壱矢にガバッと抱き付いた。「俺が至らなかったせいで君にも随分迷惑をかけてしまったね!」「な、何を…ちょ、は、離せよ!」「厭だ、離さない!俺はもう間違えたくない!」「!...